2016年9月26日月曜日

常願寺川 熊王清水谷(仮称)













浄瑠璃の大家、近松門左衛門曰く優れた芸術とは虚実皮膜、即ち真実と虚構の境界に存在するという。私も而立を前にして、芸術のみならず何事も境目即ちキワに本質や面白みが潜んでいるなぁと詠嘆しつつ、しみじみと思うのである。自然科学においての境目もむっさ重要である。例えば生物がこれだけ発展したのも外界と自身を隔てる脂質二重膜を獲得したためだ。脂質二重膜による仕切りが無ければ生体に必要な化学反応は全く成し遂げられず、高度な組織化は不可能であったはずだ。他にもブレーン宇宙論では我々の4次元世界は多次元宇宙の膜であるとも考えられているそうだ。例を挙げればきりがない。とにかく境目を発見・観察する事が謎を解き明かす鍵となることが多いということである。自然現象は連続的かつ拮抗しており正確な境目が解りにくいものなので、その観察眼を磨く事が楽しいサイエンスライフに繋がるのだと思う。

火山と水が作り出した境界は解りやすいので境界観察を楽しんだ事がない人にオススメだ。特に弥陀ヶ原南面の沢は数々の境目が目白押しで素晴らしいエリアである。熊王清水谷(仮称)は立山駅から砂防道路を歩いて最初に出会う谷で、非常に短いがなかなか面白い。谷の正式名称がわからなかったのでここでは仮称としておく。出合いは人工の組み石になっているのですぐに判別できるだろう。沢に入るとすぐに堅い岩の爽快な連瀑となる。ここは飛騨帯の片麻岩っぽいので嬉しい。喜んだのも束の間、すぐに河川堆積作用による泥岩となる。ここの側壁はボロボロと崩れ落ちるように脆い。我慢して登れば、待っていました立山火山による溶岩のお出ましで角礫凝灰岩となる。ここはホールドは豊富だがやっぱり脆い。それでも礫は大きくクライミングは楽しいところだ。側壁に立派な柱状節理が現れると堆積岩と溶岩のミックスも終わりが近い。ピュアな溶岩の突端にウキウキしてくるがその滝を登るとなれば逆層でまたまた脆い。やがて節理のスケールが大きくなり岩が安定してくると水の流れが乏しくなる。立山溶岩台地によく生育する緑のスベスベ苔に覆われた巨岩をえんやこらと登っていけば、突然平坦な美女平に飛び出す。下山を含めて3時間半くらいで終わるのでお散歩がてらに行くのがいいだろう。

<アプローチ>
立山駅から砂防工事用道路を歩く。この道路は早朝に抜けないとならない。工事責任者と出会ったら最後、強制送還の憂き目に会う。現場のおっちゃんには挨拶をしよう。下山はケーブル横の登山道を利用すれば30分くらいで立山駅に戻る事が出来る。最短の駐車場から熊王清水谷出合いまで歩いて10分

<装備>
念のためピトン。節理の隙間に入り込んで根を張った藪を引っ張ると岩ごと剥がれる場合があるので注意。

<快適登攀可能季節>
6月~11月。南面で標高も低いので早い時期から楽しめそう。

<温泉>
ホテル森の風立山、吉峰グリーンパーク

<博物館>
立山博物館:別館まんだら遊園の異空間を一度は味わってほしい。
カルデラ砂防博物館:僕の好きな、治水の恩人ヨハネスデレーケの展示もある。


2016年9月21日水曜日

加須良川本流













加須良川は不遇の谷である。東京、大阪、名古屋などの主要都市から遠い上、隣には白山の一番星境川が流れる中、それを素通りして山越え入渓となれば訪れる人が少ないのも致し方ないといえる。だが渓谷としては一級品であることは間違いない。地形図上でゴルジュ状になっている所から日本離れした景観が展開する。下部の峡谷は垂直の岩壁に囲まれ圧倒される。ここは堅そうな岩の部分もあり、コンディションを選べば静かなマルチピッチクライミングが楽しめる可能性がある。魚留滝をかわして降りると上部の小滝は快適シャワークライム。後方を振り返れば連瀑沢が「登ってみろよ」と言わんばかり挑発的に水を落としているのが気にかかる。暫く穏やかな場所が続くが、ふと周囲を見渡せば巨大なスラブ壁が睨みを利かせているので油断ならない。鬼ヶ島か悪魔城に迷い込んだような奇怪岩峰が立ち並ぶゴルジュ状になってきたら、30m大滝が近い。瓢箪山直登沢の大滝と対峙して流れる様は迫力満点である。台湾ばりの巨岩帯を越えると谷は穏やかになる。どの沢を詰め上がり、どこを降りるかは悩ましい。下降でスラブ帯にぶち当たってしまうと、時間が掛かるのは間違いない。あみだくじのような緊張感もまたこの山の魅力だ。紹介した本流のほか、瓢箪山直登沢、国見山直登沢、連瀑沢など各支流の遡行も充実するだろう。

<アプローチ>
2016年9月現在加須良川で水力発電所工事を行っており桂湖から峠越えの道は一般車両通行止めとなっている。桂湖に駐車し道路を歩いて入渓。魚留滝までの川原歩きが長い。本流を登ったならばボージョ谷へ降りるのが自然であるが滝が続き下降には時間は掛かるだろう。この山はどの沢を詰めても稜線に登山道が無いのが素晴らしい。小さな沢にも地形図では判別できないスラブが隠されていたりするので、下降の時間は余裕を持っておいたほうがよいと思う。

<装備>
カム少々。ピトン少々。懸垂下降用の捨て縄を多めに。懸垂や荷揚げ用のロープ40m程度があったら便利だと思う。イワナは全く生息していないので竿は要らない。

<快適登攀可能季節>
9月~10月。白山はなんといっても秋がいい。

<温泉>
くろば温泉:国道沿いに有るのでわかり易い。600円也
五箇山荘:高速のインターを少し過ぎたところにある綺麗な温泉。500円也

<博物館>
世界遺産の五箇山集落に古民家があり歴史を学べる。平家の落ち武者によって拓村された。
囚人を幽閉する場所でもあった。古い流刑小屋もあるので立ち寄ろう。江戸時代には、加賀藩の火薬庫で塩硝を製造していた。ブナオ峠から火薬を運搬していたのだろうか。そんな思いを馳せながら山を楽しもう。

2016年9月18日日曜日

境川 ボージョ谷

















大阪わらじの会故川崎実をして「渓谷の中の渓谷」と言わしめたボージョ谷である。境川といえば大畠谷が全国的に有名で、県外から訪れる殆どの人が大畠谷のみを登って境川(或いは白山の沢)終了!となってしまうようだ。その気持ちも解らないでもないが、ボージョ谷に行かないのは非常に勿体無い。スケールこそ小さいものの、言葉通り短い流程のなかに沢登りの魅力がむせ返るほど濃縮されていて、大畠谷と相並んで境川流域の魅力を支えている。平成年代の力士に例えるならば大畠谷は横綱白鵬、ボージョ谷は大関魁皇である。さらに、昭和歌謡で例えるならば大畠谷は美空ひばり、ボージョ谷はちあきなおみといった所だろうか。

前置きはこれくらいにして遡行内容へいこう。出合いは豪快な滝。では無く意外にショボイので地図をよく確認し間違えないように入渓しよう。段差を登ると右から巻けるCS滝、胎内潜り岩と続くのが目印だ。そこから連瀑となる。10m以下の滝は概ね適度な緊張感のシャワークライミングを楽しめる。下部の岩は支点が取り易いので不安を感じたらロープを出せばよい。しかし余りに時間を掛けてしまうと一泊二日での周遊は難しくなるだろう。周囲の岩壁が高くなりぬらりとした2段50mの大滝が現れるとクラックに乏しい軟らかい岩質に変わり直登が難しくなる。この沢の巻きの悪さは北陸の沢にしてはフレンドリーな部類であるが油断しないようにしたい。やがて現れる60m直瀑は峭壁の大伽藍に守られ堂々と鎮座する大日如来の如し存在感だ。一方、次に現れる40mスラブ滝は優しく流れ薬師如来のような微笑みで迎えてくれる。終盤は易しいながらもミニゴルジュとなっており最後まで演出に余念がない。下降もこの沢の魅力の一つだ。筆者らは左俣の手前の沢から稜線に上がり、少々藪をこいで仙人窟岳と1511mピークのコルから加須良川へと下降した。下降もルートファインディングに懸垂にクライムダウンに忙しく気が抜けない。広い川原に出たらほっと一安心。桂湖までは林道を歩いて約30分の道のりである。

遡行それ自体は難しくないが総合力を要する谷である。それ故に遡行後は沢登りらしい充実感で一杯になれるはずだ。

<アプローチ>
桂湖の駐車場に駐車し大畠谷出合いから入渓。出合いまでは境川本流を遡るが難しくない。上部の詰めで適当に登るとスラブ帯にぶち当たってしまうので注意が必要。筆者らも詰めを間違え、悪い場所を登ってしまい難儀した。対岸から望むボージョ谷右俣は岩壁に深い切れ込みをもって威圧していた。幕営場所はボージョ谷上部の1200m付近川原と、加須良川1150m付近の川原である。コルからの下降も時間が掛かるので、出来る事ならば加須良川へ降りて幕営したほうが楽だと思う。下降は懸垂を計5回ほど行った。

<装備>
カム少々。ピトン少々。懸垂下降用の捨て縄を多めに。懸垂や荷揚げ用のロープ40m程度があったら便利だと思う。

<快適登攀可能季節>
9月~10月。白山はなんといっても秋がいい。

<温泉>
くろば温泉:国道沿いに有るのでわかり易い。600円也
五箇山荘:高速のインターを少し過ぎたところにある綺麗な温泉。500円也

<博物館>
世界遺産の五箇山集落に古民家があり歴史を学べる。平家の落ち武者によって拓村された。
囚人を幽閉する場所でもあった。古い流刑小屋もあるので立ち寄ろう。江戸時代には、加賀藩の火薬庫で塩硝を製造していた。ブナオ峠から火薬を運搬していたのだろうか。そんな思いを馳せながら山を楽しもう。

2016年9月12日月曜日

小川支流 尾安谷












典型的な富山の悪い沢である。南面花崗岩の沢よろしく、倒木や土砂が多い。綺麗だとか癒し等の柔らかい言語表現が一切必要ない男気溢れる硬派な沢だ。流芯の磨かれた岩はちょっとした小滝でも手こずるし、大きめの滝を登るとなれば人工登攀やプアな支点でのフリークライミングとなる。下から見ても支点が取れるかさっぱり解らない中、一手一手進めるのは冒険的で心拍数の上昇が心地よい。滝は沢山あるので遡行者の登攀能力次第で幾らでも冒険ごっこが出来るのがこの沢の良いところといえる。連瀑帯で巻きを選択すれば沢ヤの感性が問われる。いかに楽に最短で安全なラインを素早く登るか、沢へ下降をすべきか巻き続けるべきか。地形を読み解く様はさながら謎々解きのようでこれもまた面白い。加えて季節に応じた植生の変化も感じられ趣があるものだ。

近年、再び突破系ゴルジュがブームとなってきている。道具の進化と遡行者のフリークライミング能力の向上により、流芯登攀突破が相対的に容易になったためだろうか。そこで思うのは、尾安谷のような「悪い沢」にも足を運んで欲しいという事である。大きな滝を記録に反して登攀を選択する高揚感や、生物としての勘を試される巻きは沢登りの濃厚なエッセンスだと思う。ゴルジュ突破はあくまで沢登りの一面である。詳細な記録を参照して登るとなれば、俄然観光っぽくなってしまうのだろう(それも楽しいけどね)。情報過多の昨今、人気の無かった巻き中心の沢にはまだ冒険は眠っているのかもしれない。

<アプローチ>
小川温泉駐車場に車を止めて林道を30分ほど歩き入渓。下山路は忠実に谷筋を詰めた場合、北側の相又谷へ下降する。合理的で楽なのは1094mピーク北側のコルから一本下流側の沢へ下降するライン。下降の沢は懸垂など一切要らないので1時間半程度有れば林道に戻る事が可能。このつめ上がる場所より上流もミニゴルジュの景観が楽しめるので、見てくると面白い。尾安谷中に快適な幕営適地は少ない。筆者らは770m付近にある25m大滝の巻き最中に見つけた平坦地に幕営した。

<装備>
カム一式、ピトン各種、ボールナッツの一番小さいサイズが有効であった。足回りはラバーソールが有効かもしれない。ただ、下降の沢はコケコケで滑った。

<快適登攀可能季節>
7月~10月。南面とはいえ7月は残雪が残っている事が多い。標高が低い巻き中心の沢なので
10月位に紅葉を楽しみに行くと虫も少なく良いかもしれない。

<温泉>
小川温泉不老館:湯治用の旅館で日帰りは500円で入れる。豪華な旅館が横にあるがそちらは入った事はない。

<博物館>
下山芸術の森発電所美術館:時おり興味深い展示をやっている。冬季は休館するので注意。
魚津水族館:歴史有る水族館で主に県内に生息する魚を展示。こじんまりとしているが魅力的な水族館。可愛いPOP解説も面白い。
魚津埋没林博物館:でっかい木が沈んでいるだけなのだが、なぜか趣がある。
護国寺:別名石楠花寺。とやま花名所に選ばれるだけある庭園。謎の置物も気になる。

帰りには生地の道の駅で新鮮な魚を買って帰るのもいい。

2016年9月6日火曜日

裾花川本谷













戸隠の山は良い。荒々しい山は勿論の事、里に残る伝説と現代リゾート地の雰囲気が絶妙にマッチしていながら、どこか静けさを保っているのだ。裾花川には木曽義仲の逸話が残っている。義仲公といえば、県民には倶利伽羅合戦で御馴染みの人物であり、富山とはファールチップ程度であるが縁の人である。倶利伽羅に向う途中この裾花川の岩屋(木曽殿アブキ)で兵を休めたといわれる。

さて、本題の遡行である。序盤には如何にもフォッサマグナ内頸城の沢といった立派なゴルジュ帯が有るが、その突破は爽快である。水量次第ではあるが、どれも少々の泳ぎと快適なフリークライミングでこなす事が出来る。ゴルジュ帯は短くそれほど難しくは無いので、泊りでのゴルジュ突破入門には丁度良いと思う。それを抜けると緩やかな川原となる。ここは釣りを楽しみたい場所だ。上部はナメも現れ緩やかな森を楽しめる。詰めあがり、百名山の高妻山の山頂を踏めばきっと大満足の山旅となるはずだ。

<アプローチ>
入渓点と下山路が30km程度離れているので、車二台が前提となる。近年奥裾花自然園への林道は水芭蕉と紅葉シーズン以外はクローズされている事が多い。奥裾花ダムから林道を歩き、裾花川出合いに下りる。幕営場所は九頭龍沢出合いが平らな台地となっており丁度よかった。一不動へ詰めあがっている記録が多いがヤブコギに終始し面白くないと思う。標高1550mから東に派生する宝丹谷を詰める事をお勧めする。宝丹谷は程よい緊張感のある滝の登攀とナメが続き面白い。新たに出来た六弥勒登山道を利用すれば下山口も近い。六弥勒登山道は歩きやすいブナ林である。もちろん高妻山や乙妻山へピストンするのも良い。
高妻山登山口まで富山から国道8号~国道18号経由で3時間30分くらい。

<装備>
カム一式、ピトン少々

<快適登攀可能季節>
7月~10月。夏のイワナシーズンも良いし、秋の紅葉も素晴らしいと思う。

<温泉>
鬼無里の湯:とんでもないところにあるが、綺麗で良いお風呂。値段も510円とリーズナブル。だが2016年5月に火災があり今年度の温泉営業再開は難しいようだ。温泉は入れないが夜17:00から食堂は営業中。

<グルメ>
国道18号の途中のニューミサという食堂で定食を注文するとご飯お代わり無料。味も美味しい。ラーメンが人気メニューのようだ。