2026年6月8日月曜日

飛騨川 黍生谷

 













 乗鞍の谷は困難を求める遡行者には向かないが逍遥好きにはお勧めできる。美しい森と苔の谷を歩き鳥の声を楽しみつつナメを登る。イワナと遊んでもらうのもいい。余裕を持った行程を組んでゆったりと過ごすのである。

 黍生谷はゆったり沢旅の筆頭に挙げてもいいだろう。近年の集中豪雨によって乗鞍の谷の多くが荒れた。黍生谷の被害は小さかったようで穏やかな渓相を保っている。標高2000mまでは沢登り的に特筆することは何もない。嘶くような駒鳥の声と朗々と歌い上げるミソサザイの声を聴きながらしっとりと天然林を歩く。筆者らが訪れた6月は食べごろの行者にんにくが自生しており有難くいただいた。2000mで大滝が現れるとナメや小滝が現れ始めて爽快だ。最後はハイマツの森が現れて面食らうが直ぐに低木となり歩きやすくなる。天気と時間が許せば乗鞍山頂へ向かおう。登山道には石仏が安置されており旅情を醸す。どのような行程を選択するにせよ帰路は安楽ではないがこれも谷が静寂を保つことに一役買っている。

 遡行は難しくはないけれども登山として登り降りするには相応の力がいるのも事実ではある。適当に入渓して動植物を眺めてのんびり過ごして戻ってくるという関りもいい。

<アプローチ>
黍生谷右岸についた林道のゲート前に駐車して適当なところから入渓。シンプルに遡行して稜線に上がる。幕営可能箇所は多いがやや決定打に欠ける。筆者らは1800~1850mの区間で幕営したが、2000mを超えても適当なところはある。下降は色々考えられるが筆者らは車を一台デポして塩蔵川左俣とした。左俣上部はナメや30m大滝なども出てきて中々面白い。本流も右俣合流後しばらくするとスケールのあるナメが綺麗だ。





1480mから林道に上がったがこれが失敗で林道は車が通っておらず結構藪が濃い。それだけならよかったのだが、途中で大きく崩壊した箇所が2か所ありこの通過が危険極まりない。この状況ではおとなしく最後まで塩蔵川本流を下降したほうがいいだろう。

<装備>
登ることに関してはロープは要らない。沢を下降する場合用に懸垂下降用のロープくらい。

<快適登攀可能季節>
6月~10月 南面なので雪の少ないシーズンならば6月から行ける。

<博物館など>
千光寺:円空ゆかりのお寺で作品を豊富に所有する寺。定番の不動明王はもちろん、宇賀神や水神もいい。しかし、千光寺保有の円空仏といえば鬼気迫る傑作の両面宿儺であろう。円空仏のなかでは複雑で力強く彫られており印象深い。

2026年5月31日日曜日

笠谷右俣B沢


 













 笠谷は山深いようで近い不思議な谷である。距離は長いけども林道を歩けばアプローチは速く済む。どの谷も難しくないため遡行速度もそれなりに出るので早朝出発で日帰りできる谷が多い。しかし入渓すると稜線まで深山幽谷の妙味がある。

 笠谷右俣B沢は錫杖岳へと通じる沢である。水平距離が長く感じるが富山からならば余裕をもって日帰りができる良渓だ。左俣と分かれると俄かに両岸が立ち始め大きな美瀑が続く。どれも困難はないが危険性を孕んでいるので油断せずロープを出した方がいい。A沢との出合はB沢とも立派な滝で出合っており興味深い地形となっている。B沢に入ってもナメ滝が散発的に出てくる。1400mくらいからは淡々と苔むした岩を流れる水を遡る。静かで涼しい風が吹き抜けて気持ちがいい。稜線に出ると錫杖本峰と中央稜の岩場がイカツイ。冬に登った中央稜P3正面壁の下からは見えなかった弱点が見える。次はあそこから中央稜を目指してみようか。牧南沢を注意しながら降りれば歩きなれた登山道である。

<アプローチ>
車か自転車を槍見にデポして笠谷入り口の林道に入り発電所のゲートに駐車。回収を考慮してもう少し手前に駐車するのもいい。林道を歩き本谷へ降りやすい適当な所から入渓してもいいし、途中から荒れた林道を最後まで詰めてもいい。林道終点まで行った場合は少し戻って右俣に入る。筆者らは錫杖岳南側のコルから牧南沢を下降した。牧南沢は錫杖岳本峰を目指す登山者の登路になっているようで割合下降しやすいが急な沢なので油断ならない。

<装備>
スリングだけでOKだが、シャワークライミングをするならギア一式。フェルトでもラバーでもいい気がする。

<快適登攀可能季節>
6月~10月。

<博物館など>
上宝ふるさと歴史館:民具、播隆、円空、縄文土器、郷土の偉人と筆者の大好物が揃った歴史館。岐阜県内の歴史館と比べると施設自体が新しく綺麗である。どの展示も推したいがやはり高原郷の夭折した傑物、本郷村善九郎の伝記が最大の見どころ。大原騒動における胆力のある対応はティーンエイジャーの成せる業ではない。辞世の句も秀逸。

江馬氏館跡公園:江馬氏は室町時代~戦国時代に北飛騨地域を治めた豪族武将である。その時の武将が室町時代に命じて作庭させたのが会所庭園である。来客をもてなす為に作られた石庭は失礼ながら地方豪族が設計したとは思えない瀟洒さで都の風を感じる。作庭費用は鉱山で得た資金を投下したのであろうか。飛騨が天領となった元禄以降は田に埋められてしまったが、昭和に発掘され再現されている。すごくいい庭なのにお庭を眺めながらお弁当を食べられるというフレンドリーさよ。

高原郷土館:鉱山資料館、神岡城、旧松葉家と3つの博物施設が集まった公園。神岡城内では神岡の歴史を概観でき、鉱山資料館では昭和における採掘~精錬までの工程をビデオで学習できる。鉱山資料は少し情報が古いものの鉱業の現場を知ることができるので貴重。そして最も推したいのが松葉家。神岡に現存した合掌造りで農具、山仕事道具(刃物含む)養蚕具が3階建ての中に所狭しと並ぶ。背の高い人は上階で頭をぶつけないように注意。
なお、近現代の生活に関する書物は「奥飛騨山郷生活文化の記録」が面白く、土木開発については「土と木と水と人と : 建設概史」が概観にふさわしい。どちらも国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可


高原川 下坪谷

 




 ご存知の通り高原川の右岸と左岸では谷の雰囲気が異なる。左岸は溶結凝灰岩や溶岩が流れたようなところが比較的多いが右岸は花崗岩みたいな岩が多い。沢上谷と苧生茂谷が左岸の代表的な雰囲気の谷で下佐谷や金木戸川が右岸の代表と思って差し支えない。総論では何とでも語れるが本質は各論に潜む。やはり細かな支沢を登らねば判らない。
 
 下坪谷は里の沢で護岸された沢が続く。杉の植林もされておりここは林道を歩いて進む。林道が途切れてからはサワグルミの巨木が綺麗な花崗岩の谷でゆったりとして過ごす。後半は溶岩系の大きなナメが出てきてこれもいい。下降した井ノ口谷は花崗岩の谷で小さいためか水が流れていない。植林の伐採で工事車両が出入りしているのだろうか、綺麗な林道を歩いて戻った。4時間程度のほどよい周遊であった。

 井ノ口谷を下降するよりも適当なところで引き返して森林浴を楽しむ方がスマートな谷だろう。日頃の疲労を癒す森林浴散歩ピクニックにぜひ。

<アプローチ>
尻高に架かる橋を渡り広いスペースに駐車させてもらう。林道を歩いて適当なところから入渓。下山は井ノ口谷として林道を挟まない支流を詰め上げた。藪は大したことない。井ノ口谷は林道に合流するまで水が出なくてつらい。水量が少なく魅力を感じなかったので林道をそのまま歩いて車に戻った。
 
<装備>
多分沢靴以外特に何も要らない。

<快適登攀可能季節>
5月~10月 雪が少ないので春から楽しめる。秋は他の山域も楽しいので総合的に5月が最高だと思う。

<博物館>
上宝ふるさと歴史館:民具、播隆、円空、縄文土器、郷土の偉人と筆者の大好物が揃った歴史館。岐阜県内の歴史館と比べると施設自体が新しく綺麗である。どの展示も推したいがやはり高原郷の夭折した傑物、本郷村善九郎の伝記が最大の見どころ。大原騒動における胆力のある対応はティーンエイジャーの成せる業ではない。辞世の句も秀逸。

<温泉>
割石温泉

2026年5月24日日曜日

高原川 チカツエ谷

 











 高鳥屋山(たかんとやま)は飛騨百山として長倉集落で親しまれている山。のはずである。以前から登ってみたい山であったが富山からの微妙な距離間、山頂へ至る沢は友達と行くには微妙であったために後回しに。やがてすべての波が重なり、チカツエ谷から山頂を目指した。
 チカツエ谷の出合いは取水口までの道が続いている。ここから杓子の岩屋という播隆が修行したと言い伝えられる岩屋へ向かうこともできる。入渓すると直ぐに小さな連瀑となって滝横をてくてく登る。歩道が左岸についているが気にしないことにしよう。以後序盤から中盤は植林の中を淡々と歩く。途中で岩屋とも洞窟ともつかない謎の構造をした岩を見つけて大興奮。細長く奥まっており寝る空間は確保されていた。将来居住地に困ったらこの岩屋に入ることに決める。岩質は沢上谷と同じだが少し脆弱な感じがする。登山者も釣り人もいない静かな沢登りが続く。途中いくつか山抜けが起きて流れが変わっていた。終盤は自然林となり一層気分が落ち着く。加えて素晴らしいナメが続くので腰を下ろして緑を味わう。林道を跨ぐと渓相が源頭でぼさぼさし始めたの林道から登山道を経て高鳥屋山を目指す。林道終点の牛首から急な尾根だが楢の新緑が綺麗で気分がいい。山頂からの眺望が今一つであるが、その代わりに長倉集落で古く親しまれてきた歴史に思いを馳せるかとができる。沢登りとしての難易度は無いも同然だが半日のハイキングの充実感としては秀逸である。なにより静かな山であることが嬉しい。

<アプローチ>
下山のことも考慮して夫婦岩の駐車場を利用した。高鳥屋山の林道は基本きれいで現在も使用されているようだ。登山道へ合流する路線だけ少々草が生えているものの歩行に支障はない。登山道は下部はトラバース、コルからは急な尾根となるが地元の方が整備してくださっているのかちゃんとしている。
 
<装備>
多分沢靴以外特に何も要らない。

<快適登攀可能季節>
5月~10月 雪が少ないので春から楽しめる。秋は他の山域も楽しいので総合的に5月が最高だと思う。

<博物館>
上宝ふるさと歴史館:民具、播隆、円空、縄文土器、郷土の偉人と筆者の大好物が揃った歴史館。岐阜県内の歴史館と比べると施設自体が新しく綺麗である。どの展示も推したいがやはり高原郷の夭折した傑物、本郷村善九郎の伝記が最大の見どころ。大原騒動における胆力のある対応はティーンエイジャーの成せる業ではない。辞世の句も秀逸。

<温泉>
割石温泉

2026年3月25日水曜日

赤沢岳 西尾根二峰西峰北面中央ルンゼ右~山頂ダイレクト

 









 赤沢岳の岩場の中でも最大級のスケールを誇るのが西尾根二峰北西壁である。二峰は双耳峰でそれぞれ西峰と東峰と呼ばれており、この北側には高差200mくらいの岩壁となっている。より正確な概念で表すと東峰の壁は西壁で、西峰の壁は北壁といえる。東峰の西壁となるとややこしいのか、過去の資料では二峰北西壁とか二峰北面のように表記されている。冬期の二峰北西壁は他の岩壁と比べると遠くアプローチも解りづらいがそれを補って余る素晴らしいクライミングが待っている。

 複雑なアプローチをこなして降り立つ中央ルンゼの入り口は傾斜はとても強く威圧感のある雰囲気。ここに来てしまっては帰るのも容易くない。得も言われぬ緊張感に包まれ中央ルンゼの右にある浅いコーナーから登り始める。
 1ピッチ目が全体の核心である。明神の性質と錫杖の性質を持った核心が同時に襲ってくる悪絶さよ。プアプロで厳しいフッキングのスラブと被りを超える。続く2ピッチ目は小ハングを超えて岩場を登るとスラブ状の雪面となる。スラブは何となく嫌らしいが親指よりも太い潅木が現れ始めて少し安心感が増す。ビレイはしっかりした灌木でできる。3ピッチ目は小ハングの岩から傾斜の強い草付き登り。出だしのハングはカムで支点が取れるが、後半の草付きは密度の低くイボが使いづらく結局1本も使わない。テラス状になった小さなルーフの下で潅木+岩でビレイとなる。4ピッチ目はハンドクラックから左の潅木へ移ると又しても岩の小ハング超えとなる。ここは岩からバッチリと支点が取れる。後は草付きスラブから潅木帯へと抜ける。最終5ピッチ目も簡単にはならず強傾斜のコケ草付きを緊張するダブルアックスから岩場を登り山頂へ直接到達する。西尾根二峰西峰は壁に向かって右側の傾斜は緩くなる。中央ルンゼを登って山頂の方へ抜けるラインも攻撃的だが登れるかもしれない。

 40m~60m程度ロープを伸ばして合計5ピッチ。北面ゆえの氷雪を纏った姿は危険なまでに美しく、すべてのピッチに難しさはあり内容もいい。西峰山頂へダイレクトに至る合理性も文句なしで赤沢岳でも屈指のラインだと思う。ドライな東峰とウェットな西峰は言葉通り双璧をなし、さながら冬期登攀界の島崎藤村と土井晩翠。あなたは椰子の実と荒城の月どちらがお好み?

<アプローチ>
屏風尾根の頭から赤沢岳山頂まで行き山頂から西尾根側を少し下る。そこから遭難碑プレートが埋めてある岩がある所(山頂からほど近い)大スバリ沢側の急峻なルンゼを下降する。ルンゼが急峻になり始める地点のコルを北側へ乗越し壁へ通じるルンゼをクライムダウンする。二峰へ向かうために北側へ適当なところからトラバースする。二峰北面壁末端へのアプローチだが、まず二峰のコルから少し西峰側へ登った地点の潅木を利用して左ルンゼを55m懸垂下降する。この地点の節理を利用してビレイポイントを作成してルンゼ左岸側をトラバース下降し、スラブの上に生えた潅木まで行く。この潅木から右下の浅いルンゼ状を30m懸垂下降するとがっちりした灌木がある。さらにこの潅木から中央ルンゼ内を55mの懸垂で西峰の末端壁に到達できる。東峰の末端壁へはルンゼを少し下降すれば良い。登った後は往路を戻るが登り返しとなり辛い。

<装備>
カム一式、ピトン各種、トライカム、ボールナッツ小さいの

<快適登攀可能季節>
2月末~3月。北面のため雪の安定と壁のコンディションを考慮すると遅い時期がいい。

赤沢岳 西尾根二峰東峰北面 スラブ状岩壁


 








 赤沢岳西尾根二峰東峰の壁は実際は西向きで傾斜が強いためドライコンディションとなることが多い。壁末端まで下降するとルートが長くなるうえ、中央ルンゼを登り返すのも大変になってくる。コルから左ルンゼを1ピッチ懸垂とクライムダウンで取りつく事ができるスラブ状岩壁は西尾根二峰の岩場の中では相対的に取りつきやすい部類かもしれない。正味3~4ピッチであるが内容は濃密である。

 取りつきは相対的に傾斜が緩くなっている草付きフェースから。緩やかな右上するクラックかコーナー正面のフェースを登る。右上クラック内に雪と氷が張っている場合はフェースを選択することになると思うが、プロテクションは取りずらいうえに難しい。岩が不安定な雰囲気もあり危険な香りがするがするので昇温時は注意したほうがよさそう。抜け口のハング越えは豪快であんまりないムーブである。ハングの上かその下のがっちりした灌木でビレイするといい。ハングに押さえつけられたスラブを右トラバースしハングをかわし、ピトンサイズのほそーいクラックの走ったスラブ状の岩壁基部にてビレイ。この稜線に雪庇を纏ったスラブ岩壁は日本離れした光景で登れるのか不安になる。スラブをじりじりと登って東峰の肩に出るルンゼの基部まででピッチを切る。スラブは絶妙にフッキングとフットホールドがあり奇跡的なライン。あとは山頂へ至る岩場を楽しく登って終了となる。

 恐らく登山体系の赤沢岳二峰北面の概念図にある?と記載されたルーフ部分を躱すように登ったのだろう。西尾根二峰の岩場は赤沢岳の中ではクライミング難易度と隔絶感では格別のエリアだ。単発で登ってもお腹いっぱいになるが、これを西尾根の末端から継続したらどうだろうか。三峰の猫の耳を登って、二峰北面を登り本峰北西壁と継続したらものすごい充実感があるだろう。末端からの時間は無いのであれば西尾根南稜のグラードから続けるのも良案だと思う。アプローチのいい岩場で楽しく遊び廻ろう。

<アプローチ>
屏風尾根の頭から赤沢岳山頂まで行き山頂から西尾根側を少し下る。そこから遭難碑プレートが埋めてある岩がある所(山頂からほど近い)大スバリ沢側の急峻なルンゼを下降する。ルンゼが急峻になり始める地点のコルを北側へ乗越し壁へ通じるルンゼをクライムダウンする。二峰へ向かうために北側へ適当なところからトラバースする。二峰北面壁末端へのアプローチだが、まず二峰のコルから少し西峰側へ登った地点の潅木を利用して中央ルンゼを55m懸垂下降する。この地点の節理を利用してビレイポイントを作成してクライムダウンする。スラブ状岩壁へは右岸へトラバースすると到達できる。

<装備>
カム一式、ピトン各種(薄刃、ペッカー)、トライカム、ボールナッツ小さいの

<快適登攀可能季節>
2月~4月。東峰は西面に当たるのでドライコンディションのことが多い。西峰よりも氷雪や草付きの影響は少ないのでシーズンは長そう。