小滝川支流の沢は沢登り対象として見られていないのか登ったという話は殆ど聞かない。加えてこの地域の自然を報告した文献が乏しくどんな山であるのか想像するが難しい。やるべきことは多いが一介の愛好家がなせる事業は限られる。しかし一般人の平均値+5σの外側程度は歩いて攀じることはできるので専門家へ良いパスは出せるかもしれない。全世界の自然愛好家の嚆矢となるべく突入である。
本流を渡渉して入渓すると見えていなかった堰堤が出てくる。これを小さく巻くと凄いゴルジュの中に二段滝が現れる。一段目は水が多くて登れそうになく、二段目は登るのは難しそうなので大高巻きになる。そこそこ骨の折れる巻きを終えて戻ると引き続きゴルジュ地形で緊張は続く。幸い手におえない大滝や滝は無く小悪いクライミングと巻きで進む。取水施設までは結構なゴルジュで見ごたえと登りごたえが相応にあっていい。これほど浸食地形になっているのは興味深い。マツオ沢下部ゴルジュの地質は対岸のシバクラ沢と同じく玄武岩に一部堆積岩として石灰岩が載ったような構造となっている。これは近年検討がなされているペルム紀の付加体と考えられている小滝層の謎を解く手がかりとなるだろう。上流左岸のメボソ沢は泥岩や砂岩といった堆積岩であり、浸食速度よりも崩壊速度が上回ることによりゴルジュが発達しなかったのかもしれない。
標高720m地点からはより浸食された地形を求め左沢へ向かう。予想通り小さいゴルジュが続き最後まで気の抜けない登攀となる。期待通り藪漕ぎはゼロで尾根に上がることができた。全く予想外だったのは尾根はブナの大木とまばらにツバキが生えている程度で歩きやすい点である。笹は殆ど見られず人間にとっては凄く居心地のいい空間となっているのだ。ブナの大木群は風が弱い地形であること、標高が低いこと、人為擾乱が少なかったことなどが理由として考えられる。通常陰樹であるツバキは林床に繁茂するが、ブナの根から放出される成長阻害因子によって疎林になっているのだろう。ネマガリタケの開花サイクルは百年単位と考えられているため、そのタイミングにブナの自然更新時期が重ならない限り植生更新は発生しづらいのかもしれない。江戸時代にこのあたりへ移住してきた木地師の活動がこの稜線へ及ばなかったことも影響していそうだ。シャクナゲを全く見かけていないことも興味深い事実である。大町の沢の尾根や側壁にはシャクナゲが群生していることは多いのに小滝川や大所川では見ないのだ。経験に基づく感覚として佐野坂峠を境に気候が変わり、山の雰囲気も変わる。シャクナゲの分布についても今後調べると面白そうだ。
下降した谷もこれまた意外に藪は無く直ぐに降りやすい谷状となった。何たる僥倖かすぐに水が流れ出してきたではないか。北面が平坦になっているのは恐らく地すべり地形であるためだろう。地すべり発生から日が浅いために水流路が定まらず上部は谷が浅くなっている可能性がある。ヒスイ狭駐車場付近の後半部で谷が深くなっているのは地すべり前の谷と流れが合流しているとも考えられる。色々と考えながら時間を過ごして大満足のゴール。日帰りで登り降りするには丁度いい歯ごたえのある沢で充実登山であった。
理を知ることは現世だけではなく、過去起こりえた世界や将来起こりうる世界を幾通りも想像できることになる。各方面の碩学達に感謝し想像しながらぶらぶら歩くのがアマチュア愛好家スタイルだ。おほぞらをびんびんとひびいてゆかう!
<アプローチ>
小滝川発電所から先はゲートがあり封鎖されている。ここに駐車して入渓。マツオ沢を登った後は赤禿山西肩のコルから北面の沢を下降する。子の北面沢は意外なことに直ぐに沢筋がはっきりし始め水も流れ始める。下降は容易で林道に合流する。林道を歩くと遠回りになるのでそのまま沢を下降したほうが良いかも。
<装備>
カム一式、ピトン各種。フェルトだと磨かれている箇所に滑ったが、ゴムだとコケでぬめりそう。どちらが良いとは一概に言えない。
<快適登攀可能季節>
7月~10月。