2026年8月19日水曜日

大白川 姥ヶ谷

















 姥ヶ谷は白山の沢登りの中でも渋い位置にいる。取りつきやすい地理位置関係でありながらマイナーなのは上流には大白水谷という易しい綺麗系があり、近くにはカラス谷や大畠谷といったゴルジュ名渓が有るからでだろう。スケールが大きくない上に内容がわからないと遠方からは訪れにくいものである。

 筆者らが訪れた際には渇水のためか出合に水が流れていなかった。下流部に土砂が多かったためもともと水量が多い沢ではないのだろう。出合から少し登るとゴルジュ状を呈する。登るには手ごわいので巻きに入るが、地形が厳しいため大高巻きになる。しばらく川原を歩くと再びゴルジュ状となる。こちらは二段になっており下段は登れる。二段目も登れなくもないだろうが、大変そうなので高巻いた。1180mくらいから楽しいゾーンで美瀑が続く。どれも快適に直登できるのが嬉しい。水量が乏しくなってくるものの、岩盤が発達しているので渓相はよい。牧谷へ下降するのに最も近くなるコルへは労なく上がることができる。牧谷の上部は2つほど大きな滝が出てくるものの、懸垂で容易に下降可能だ。ヌメリが強いのでクライムダウンのミスの方が怖いかもしれない。取水施設からは道が付いているので最後は歩いて国道に出る。

 日帰り遡行をするには丁度いい。歩き主体であるものの滝登りと巻きがバランスよく楽しめる。沢慣れしていれば早朝に出て昼前には降りられるだろう。富山からは微妙に距離があるけど温泉旅行を兼ねてどうぞ。

<アプローチ>
 大白川ダムへと続く道の手前に駐車して大白川本流を歩く、又は林道を歩いて入渓。下降は牧谷をとるのが自然だが途中でやめる場合はトチヌマを降りる。日帰りコースだが姥ヶ谷内でも泊まれるところは随時出てくる。

<装備>
滝登りでロープは出さなかった。念のためピトン。ヌメリがあるのでフェルトの方がいいかも

<快適登攀可能季節>
7月~10月。

<温泉>
大白川温泉:硫黄泉ーナトリウムー塩化物泉。洗い場は無いので石鹸をもって行こう。道の駅にも温泉が併設されているがこちらはあっさりとした泉質。

<博物館>
白川郷の古民家には生活の知恵が詰まっている。一度は行っておくと良いでしょう。世界遺産だし。自然に溶け込んで非常に理にかなった建物である。

2026年8月13日木曜日

島々谷川 一ノ沢












 超ざっくり常念から焼岳の東側の地域は堆積岩主体である。この付加体の堆積岩一帯が崩れやすいのか沢登り的に興味がある地形が乏しいように見える。
 島々谷川もその中に含まれている。古くから杣人に登り降りされているこの谷に未知は無いだろうし、沢登り的に面白いものもないかもしれない。とは言えちょっと気になるゴルジュ地形と訪れたことが無い山域を楽しみに一ノ沢へ。

 登山道の雰囲気がいいので歩き始めから気分がいい。入渓して直ぐになるほど、チャートと固そうな砂岩の中に土砂と黒い泥岩が混じっている。土砂が多く水量が少ないので基本歩きなんだろうと推察される。ちょっと歩くとゴルジュ地形となってきてその奥に8mくらいの滝が架かる。登るのは難しそうなので巻いて降りる、小滝を登ると谷は開ける。チャートの固い地帯がゴルジュになっていたようだ。以後ながーい土砂歩きとなる。樹高が高く森が深いので気持ちが良いのでのんびりしたくなる。初めての山域は新鮮で土砂歩きでもいい感じだ。標高1600m付近で開けて15m滝が現れる。これは右の小流れルンゼから簡単に登り巻ける。小滝を幾つか挟んで二段30mの滝。これも滝の右側からやや気持ち悪い登りで直登できる。以後は再び土砂渓となり悪さは無く尾根に出る。至った尾根は美しい森でとても気持ちがいい。これまたのんびりしたくなるところ。期せずして稜線まで出てしまったが時間に余裕が欲しいところだ。下部でのんびりしすぎたので森を堪能するのは程々にして出シノ沢へ下降を開始。こちらはチャートが分布していないようで土砂だけの谷である。上部は急傾斜であるため懸垂を要するが下降しやすいほうではないだろうか。望まれる幕営地が無く大滝山を登ることができなかったのが悔やまれるが良い登山であった。
 
 一ノ沢は沢登りとして決して一般的になるような沢ではないだろう。それなりに悪い個所があるものの冗長な感もあり、これを好む沢屋は珍しいと推察する。しかし地質図では穂高の東側でチャートが纏まってゴルジュを形成している稀有な沢であり、訪れる価値はある。また、三木(姉小路)秀綱の妻が捕縛されて亡くなった悲話の地ということもあり、戦国歴史好きにもお勧めしたい。ところで秀綱妻の芳名が知りたいが資料を調べても出てこない。日本の歴史では女性は名前がわからないことが普通ではある。しかし現代の感覚では心を寄せる際に名を呼びたくなるので少し寂しく感じる。時を経て価値が変容するというのも面白いことだ。

<アプローチ>
島々の有料駐車場に駐車して徳本峠へと続く林道から登山道を歩き一ノ沢へ。下山はどこからでも良いが出シノ沢を下降するのが近い。出シノ沢は上部で懸垂下降が続くが1670mの二俣以降はガレの続く下降が容易な沢となる。下降する沢を含めて幕営箇所適地は殆どない。特に上部に行ってしまうとゴルジュ地形で土砂が多いので絶望的となる。一ノ沢下部で泊まるか下降する沢で探しながら降りる。増水に耐えられる快適な箇所は乏しいので晴れている日を選びたい。

<装備>
カム小さいのとピトン少々。足回りはフェルトの方がいい。

<快適登攀可能季節>
6月~10月 標高が高いので寒いこともあるかも。雪は少ないのでシーズンは長そう。

<温泉>
竜島せせらぎの湯:小さいけれど落ち着く温泉。なぜか糸魚川市の海産物がお安く手に入る。

2026年8月4日火曜日

弥太蔵谷 450m左岸支流
















 弥太蔵谷の地図を見ているといつも不思議な気分になる。流程が長く本流然としている瀬々薙谷の源頭は負釣山で標高は高くない。他方、瀬々薙谷と分かれた後の右俣は直ぐに3つの同水量の支流に分かれて本流という感じはない。次に本流候補であるのは分水嶺となっている境界尾根の最高峰を流れる沢だろう。朝日町、黒部市、白馬村の境界が決定していないので「境界尾根とはどこなのだ」という問題があるが、ここでは弥太蔵谷水系の水源である朝日町と黒部市の県境となる二等三角点朴ノ木~猪頭山~森石山を境界尾根ということにする。この境界尾根の最高峰は無名の1,397m峰である。このピークに突き上げる沢の流程は短く沢の名前もはっきりと解らない。境界が不明だったり、本流がはっきりしなかったりと不思議な地域である。何はともあれ高い所を登るのはいい運動になるのでこの450m左岸支流を登ることにする。

 弥太蔵谷と分かれると谷の水量は明らかにこちらが少なく本流感はない。集水面積が小さいからであろう。訪れた日の前の週に宇奈月では7月観測史上最大の一時間雨量を記録した。この爪痕なのか増水跡と多くの土砂倒木が谷を埋めていた。猪頭山へ向かう支流を分けるまでは2つほど大きな滝が出てきたが上手いこと高巻くことができる。1,397mへ向かう沢に入ると登れる滝が連続するボーナスステージとなる。リズムよく登れる小滝から20mクラスのシャワークライミング滝まで出てきて頗る楽しい。谷が浸食されていて釜も有ったりするのがいい。この区間だけ駐車場から近くにあったら大盛況の沢となっているだろう。岩は概ね硬いので快適に登れるが落ちるとヤバい所もあるので慎重に。最高峰へ向かってもすんなりと帰れないので北側へ向かい尾根を乗越し弥太蔵谷へと戻る。下降した谷は途中大水量の湧水が合流して水温が低い沢であった。下降する上若狭谷へ向かうために弥太蔵谷を登って行く。750m地点では意外なゴルジュ滝が現れて右岸をクライミングした。分水嶺の境界尾根はブナの森で美しい。上若狭谷の上部では懸垂の連続となったが概ね容易な範囲であった。上若狭谷の方が増水の爪痕が大きく被害が大きいようであった。

 450m左岸支流の左俣は楽しく登れる好渓である。ただ瀬々薙谷へと繋げるラインと比較したときにはやはり劣る。弥太蔵谷を深く楽しむ地元民向けの沢であろう。次は猪頭山を目指す支流を登ってみたいものだ。ところで、沢の上部でカワネズミを見かけた。彼はあの大雨をどのようにやり過ごしたのだろう。大雨で川虫やイワナが減って心配ではあるが、まずは無事の確認が取れてよかった。昨年に比べて魚影は随分減った気がするが土砂に埋まった沢に泳ぐイワナもいる。彼らの強かさが気候の変動にも対応してくれるように願ってやまない。

 <アプローチ>
弥太蔵谷出合いから少し進んだ路肩に駐車して入渓。下山路をどこに取るか次第で車を二台で行った方がいい。筆者らは小川温泉へ下降したので一台そちらに回した。筆者らは弥太蔵谷上部の790m付近の左岸台地を造成して幕場とした。多少の雨ならば耐えられるが増水跡の範囲であった。大雨の後で地形が安定しない状態だったので快適な幕場については言及しがたい。下降した上若狭谷は上部は滝が連続して懸垂が多いが地形図で水線が示されている箇所からは容易となる。

<装備>
カム0.3~1.0、ピトン各種。足回りはラバーでもフェルトでもいいかも。泥壁草付きが多いのでハンマーはピックが長いほうが有利。

<快適登攀可能季節>
7月~10月 残雪、寒さ、害虫など各種事情を鑑み判断されたし

<温泉>
とちの湯:宇奈月温泉総湯は駐車場も無いし、露天風呂もない。山屋のみなさまはこちらへどうぞ。

<博物館など>
うなづき友学館:黒部市立図書館の分館と歴史民俗資料館が併設している。何と言っても1/2愛本刎橋が見ものの博物館である。30年おきにかけ替える刎橋だが、当時のオーソドックスな橋脚がある木造橋の架け替え頻度ってどのくらいだったんだろうか。もっと深く橋の構造比較をしてくれればありがたいと思う。このほか、稚児舞や七夕といった地域の祭事展示も興味深い。

シーラカンス毛利武士郎記念館:晩年を富山で過ごした沈黙の彫刻家、毛利武士郎のアトリエを改装して作られたアートギャラリー。代表作である哭Mr.阿の誕生や工作機械を用いて作られた謎の金属造形が常設展示されている。

<グルメ>
よか楼:昨今話題の町中華的定食屋。コスパという卑しい概念を持ち出さなくても味で選べる良店。ジビエ料理も時折そろえる。

2026年7月27日月曜日

尾添川 目附谷





 

















 名山に名渓あり。目附谷は白山という山を深く味わうことのできる名渓である。もし、山が好きな友人に白山でお勧めの沢を教えてと言われたら目附谷から登る白山を挙げたい。それは目附谷が白山山塊を構成するほぼすべての岩体が現れて渓相が変化に富んでいること、白山山頂へ足を延ばすことが容易なこと、下降する加賀禅定道の道の高山植物が素晴らしいこと、これらが理由である。記録的な寡雪のシーズンに高山植物を愛でる旅として出立。

 入渓して驚いたのは覚悟していたオロロが殆どいないことであった。残雪の心配よりもオロロの大群を気にしてたのでこれは僥倖だ。オロロの発生と残雪量はどのような関係があるのだろうか。快適に飛騨帯石灰質片麻岩のゴーロ川原歩きを楽しむ。白山にも飛騨帯は分布しており手取川右岸の各沢や荒谷は興味深い小粒沢である。石灰質片麻岩の量と質では雄谷が最大級の谷でゴルジュは見ごたえがある。片麻岩は英語でgneissナイス)というので見かけたらフリークライミングの掛け声のように「ナイスです!」と声を掛け合おう。
 取水堰堤の少し手前から手取層群の堆積岩に一変する。川原には嘘みたいにポップな模様の礫岩もあり気分が上がる。鳴谷を過ぎると紅滝が堂々とした姿を現す。面白いのは下部は砂岩泥岩の互層で脆そうだが、流水付近は固い砂岩になっている点である。容易に巻いて直ぐに二重滝である。これは一段目は登れても二段目は難しそうであるので軽く巻く。上流のカブト谷出合の泥岩でしばし化石探しに興じる。植物由来らしき化石は多数あったが足跡や貝殻といったキャッチーな品は探せなかった。
 ゴリラ岩を過ぎると白山によく分布している流紋岩質の火山岩となる。白山の火山岩類に関しての調査文献が無いので謎火山岩(濃飛流紋岩とざっくり呼ばれている)と呼んでいるが、ゴリラ岩より少し上の岩は蛇谷上流域の岩と似ている。段々赤茶けてきて大畠谷のような雰囲気になってくるのがとても面白い。そして下部に丸い礫岩を取り込んでいるので、もしかしたら手取層の上に火山活動の溶岩が載っているのかも。源頭になると益々大畠谷の上部スラブに似た岩にってきてヌルヌル苔も発達してくる。確か殆どの滝をロープレスで直登したと思う。最後の標高差50mくらいまで水が途切れないので藪漕ぎは殆どなく七倉山へ登れた。
 期待通りの花盛りでマイ・フェイバリット高山植物であるハクサンコザクラを筆頭にどれもこれも素晴らしい。白山御前峰まで足を延ばしお池巡りを楽しんだ。下山路とした禅定道では四塚山のチングルマ、ハクサンコザクラ、コバイケイソウの花畑を堪能し、天池ではキンコウカとニッコウキスゲが満開で思わず破顔する。口長倉から下部のブナ林は素晴らしく終始上機嫌な下山であった。

 花の時期に目附谷を快適に登ることができるという奇跡に温暖化も悪くないと思ってしまった。沢登りはもちろん化石採集、お花めぐり、ピークハントと完璧な山登りができるのが目附谷である。遡行の難易度は高くないので門戸は広い。この行程を一泊二日で盛り込むこともできるが勿体ないだろう。白山という山を味わうには心に余裕を持った二泊三日で遊びたい。

<アプローチ>
いろいろアプローチは取れるが筆者らは加賀禅定道を下降することにしたので、檜倉手前の林道に駐車し少し登山道を歩いてから深谷の下流沢から下降して取りついた。目附谷内はそこそこ幕営できるところはあるが定番決定的な場所には欠けると思う。ゴリラ岩の少し手前の大体標高1450m付近の川原に泊ったが中々快適であった。

<装備>
沢慣れしていたらロープの出番はないかもしれない。河原歩きは面倒ではあるが上部がヌメルのでフェルトの方がいいかも。

<快適登攀可能季節>
8月~10月。オロロが酷い地域なので注意。