2026年7月8日水曜日

小滝川 マツオ沢













 小滝川支流の沢は沢登り対象として見られていないのか登ったという話は殆ど聞かない。加えてこの地域の自然を報告した文献が乏しくどんな山であるのか想像するが難しい。やるべきことは多いが一介の愛好家がなせる事業は限られる。しかし一般人の平均値+5σの外側程度は歩いて攀じることはできるので専門家へ良いパスは出せるかもしれない。全世界の自然愛好家の嚆矢となるべく突入である。

 本流を渡渉して入渓すると見えていなかった堰堤が出てくる。これを小さく巻くと凄いゴルジュの中に二段滝が現れる。一段目は水が多くて登れそうになく、二段目は登るのは難しそうなので大高巻きになる。そこそこ骨の折れる巻きを終えて戻ると引き続きゴルジュ地形で緊張は続く。幸い手におえない大滝や滝は無く小悪いクライミングと巻きで進む。取水施設までは結構なゴルジュで見ごたえと登りごたえが相応にあっていい。これほど浸食地形になっているのは興味深い。マツオ沢下部ゴルジュの地質は対岸のシバクラ沢と同じく玄武岩に一部堆積岩として石灰岩が載ったような構造となっている。これは近年検討がなされているペルム紀の付加体と考えられている小滝層の謎を解く手がかりとなるだろう。上流左岸のメボソ沢は泥岩や砂岩といった堆積岩であり、浸食速度よりも崩壊速度が上回ることによりゴルジュが発達しなかったのかもしれない。
 標高720m地点からはより浸食された地形を求め左沢へ向かう。予想通り小さいゴルジュが続き最後まで気の抜けない登攀となる。期待通り藪漕ぎはゼロで尾根に上がることができた。全く予想外だったのは尾根はブナの大木とまばらにツバキが生えている程度で歩きやすい点である。笹は殆ど見られず人間にとっては凄く居心地のいい空間となっているのだ。ブナの大木群は風が弱い地形であること、標高が低いこと、人為擾乱が少なかったことなどが理由として考えられる。通常陰樹であるツバキは林床に繁茂するが、ブナの根から放出される成長阻害因子によって疎林になっているのだろう。ネマガリタケの開花サイクルは百年単位と考えられているため、そのタイミングにブナの自然更新時期が重ならない限り植生更新は発生しづらいのかもしれない。江戸時代にこのあたりへ移住してきた木地師の活動がこの稜線へ及ばなかったことも影響していそうだ。シャクナゲを全く見かけていないことも興味深い事実である。大町の沢の尾根や側壁にはシャクナゲが群生していることは多いのに小滝川や大所川では見ないのだ。経験に基づく感覚として佐野坂峠を境に気候が変わり、山の雰囲気も変わる。シャクナゲの分布についても今後調べると面白そうだ。
 下降した谷もこれまた意外に藪は無く直ぐに降りやすい谷状となった。何たる僥倖かすぐに水が流れ出してきたではないか。北面が平坦になっているのは恐らく地すべり地形であるためだろう。地すべり発生から日が浅いために水流路が定まらず上部は谷が浅くなっている可能性がある。ヒスイ狭駐車場付近の後半部で谷が深くなっているのは地すべり前の谷と流れが合流しているとも考えられる。色々と考えながら時間を過ごして大満足のゴール。日帰りで登り降りするには丁度いい歯ごたえのある沢で充実登山であった。

 理を知ることは現世だけではなく、過去起こりえた世界や将来起こりうる世界を幾通りも想像できることになる。各方面の碩学達に感謝し想像しながらぶらぶら歩くのがアマチュア愛好家スタイルだ。おほぞらをびんびんとひびいてゆかう!

<アプローチ>
小滝川発電所から先はゲートがあり封鎖されている。ここに駐車して入渓。マツオ沢を登った後は赤禿山西肩のコルから北面の沢を下降する。子の北面沢は意外なことに直ぐに沢筋がはっきりし始め水も流れ始める。下降は容易で林道に合流する。林道を歩くと遠回りになるのでそのまま沢を下降したほうが良いかも。

<装備>
カム一式、ピトン各種。フェルトだと磨かれている箇所に滑ったが、ゴムだとコケでぬめりそう。どちらが良いとは一概に言えない。

<快適登攀可能季節>
7月~10月。

2026年7月5日日曜日

金木戸川 尻高谷

 




 尻高谷は花崗岩の谷で土砂が多い。いい雰囲気の森なのだが早く水が涸れてしまい藪が濃くなる。これを頑張って詰めるのはしんどい。かといって本流だけで終わると寂しいので支沢をぶらぶら詰めてみて遊んで帰るのがいいだろう。他の沢や天蓋山ハイキングと組み合わせればいい休日となろう。

<アプローチ>
尻高に架かる橋を渡り広いスペースに駐車させてもらう。林道を歩いて適当なところから入渓。私有地なので謹んで入山したい。下山は同ルートか周遊して下山するのがいい。
 
<装備>
多分沢靴以外特に何も要らない。

<快適登攀可能季節>
5月~10月 雪が少ないので春から楽しめる。秋は他の山域も楽しいので総合的に5月が最高だと思う。

<博物館>
上宝ふるさと歴史館:民具、播隆、円空、縄文土器、郷土の偉人と筆者の大好物が揃った歴史館。岐阜県内の歴史館と比べると施設自体が新しく綺麗である。どの展示も推したいがやはり高原郷の夭折した傑物、本郷村善九郎の伝記が最大の見どころ。大原騒動における胆力のある対応はティーンエイジャーの成せる業ではない。辞世の句も秀逸。

<温泉>
割石温泉

2026年6月29日月曜日

小滝川 メボソ沢

 











 小滝川メボソ沢といっても特定できる人は殆どいないと思うので説明しよう。小滝川350m地点左岸より合流する沢で、大ヒシの岩場の尾根を跨いだ裏側にある沢である。アプローチが比較的近く滝マークがあり南面にある沢なので入ってみようかなと思わせる谷だ。

 出合から直ぐに三条の瀑布が現れる。見ごたえのある滝だ。水量が少なければ真ん中を登れる可能性があるが、おとなしく高巻く。フェルトだと滑るツルツルの砂岩の小滝やスラブを慎重に登ると一旦谷が開けて沢床が浅くなる。土砂が多い谷なので藪っぽくなるが我慢しながら登る。小さな右支流を分けると20mの美瀑が突如現れる。枝沢と二段瀑になって見えるが本流は右に折れている。ここから楽しい滝とミニゴルジュゾーンとなる。大きな滝は登るのが難しいかリスキーなので巻くことになるが小滝は概ね快適に登ることができる。土砂は相変わらず多いものの谷の深さが出ているので気にならない。藪漕ぎは殆どなく尾根に出ることができて下降するシバクラ谷も近い。下降は簡単ではないが難しくもない。程よい緊張感を味わって最後はゆったり美しい森となり車の近くにゴール。

 バランスの取れた内容と良い運動感が得られる高低差である。富山からの日帰り沢登りとしては結構いい。ただ、土砂が多い沢であるのは間違いないので森の美しさを求めている人には向かない。逆に土砂沢愛好家にはお勧めできる。北陸土砂の名渓50選なる書物を執筆する機会があれば間違いなく入れたい沢である。

<アプローチ>
小滝川発電所から先はゲートがあり封鎖されている。ここに駐車して入渓。メボソ沢を登ったら土倉沢の一本上流のシバクラ沢を下降することとなる。こちらは2回くらい懸垂があるがあとは巻き降りやクライムダウンでこなせる。シバクラ沢は上部は砂岩や泥岩であったが途中から玄武岩となり、その一部には石灰岩を含んでいた。終盤は石灰岩比率が高くなっており、地質図の記載とは相違があった。最後は発電所へ降りる歩道が右手に現れるのでこれを利用する。

<装備>
登りでロープは使わなかった。下降用にロープ。フェルトだと磨かれている箇所に滑ったが、ゴムだとコケでぬめりそう。どちらが良いとは一概に言えない。

<快適登攀可能季節>
7月~10月。

2026年6月15日月曜日

金木戸川 葡萄大谷左俣









 金木戸川の上流域は興味深い渓谷が多い。翻って下流域はというと直線的で一様な傾斜な谷が多く遡行意欲はあんまり沸かない。そんな下部で最も面白そうなのは葡萄大谷であろう。葡萄大谷は左俣と右俣が序盤で分かれるのでどちらも楽しめば2度おいしい谷である。特筆すべきは森の美しさでサワグルミとトチの天然林は明るく爽やかで癒しの時を過ごすことができる。

 左俣に入ると直ぐに連瀑帯となる。登るのはとても難しそうな雰囲気なのでおとなしく高巻く。巻きはそんなに悪くない。右岸を高巻いていたら驚くことにトラロープが張ってあった。山仕事か釣りであろうか。連瀑帯が終わると谷は一気に落ち着いた雰囲気になる。1250mの平らなところまではゴーロを基調としつつも沢登りらしい小滝も出てきて楽しい。危なさや難しさは無いので気楽に登れるのがいい。1250mには地図には示されていない下佐谷へと通じる林道が横切る。一旦杉の植林となるが直ぐに元に戻る。苔むした岩の周りは山葵が群生しており有難くいただく。筆者らは1440mを左俣へ入り金木戸川へ下降したが、藪漕ぎは最後の高差50~70m程度でそこまでひどくなかった。下佐谷方面へ降りてみるのも面白そうだ。

 同じ行程を日帰りすることもできるがそれは勿体ない。葡萄大谷の魅力はのんびり行程で山の恵みを感じることにある。富山の渓谷に漂う登山者を拒む雰囲気はなく、身体が自然に馴染んでいくのが気持ちいい。こんな渓谷が市内から一時間ちょっとで行けるのというのは実にありがたいことだ。

<アプローチ>
双六ダム手前に駐車して歩いて葡萄大谷出会いまで行く。双六ダムはR8年まで工事中のため工事実施日は上流に車を入れる事が出来ない。昔は金木戸川の上部まで林道が入れたものだが、今はゲートは解放されていないし、鍵は割合厳重。葡萄大谷左俣は穏やかで幕営場所に困ることは無い。薪が豊富な適当な箇所で泊まればいい。筆者らは1804mピークの東肩コルより金木戸川へと下降した。下降した沢は1220mと金木戸川合流手前50mに大滝と連瀑となっているが難しい下降ではない。

<装備>
筆者らが登ったラインであれば登攀具は不要。懸垂用にロープ

<快適登攀可能季節>
5月~10月 高原川流域にアブはあんまりいない気がする。

<温泉>
割石温泉

<博物館など>
江馬氏館跡公園:江馬氏は室町時代~戦国時代に北飛騨地域を治めた豪族武将である。その時の武将が室町時代に命じて作庭させたのが会所庭園である。来客をもてなす為に作られた石庭は失礼ながら地方豪族が設計したとは思えない瀟洒さで都の風を感じる。作庭費用は鉱山で得た資金を投下したのであろうか。飛騨が天領となった元禄以降は田に埋められてしまったが、昭和に発掘され再現されている。すごくいい庭なのにお庭を眺めながらお弁当を食べられるというフレンドリーさよ。

高原郷土館:鉱山資料館、神岡城、旧松葉家と3つの博物施設が集まった公園。神岡城内では神岡の歴史を概観でき、鉱山資料館では昭和における採掘~精錬までの工程をビデオで学習できる。鉱山資料は少し情報が古いものの鉱業の現場を知ることができるので貴重。そして最も推したいのが松葉家。神岡に現存した合掌造りで農具、山仕事道具(刃物含む)養蚕具が3階建ての中に所狭しと並ぶ。背の高い人は上階で頭をぶつけないように注意。
なお、近現代の生活に関する書物は「奥飛騨山郷生活文化の記録」が面白く、土木開発については「土と木と水と人と : 建設概史」が概観にふさわしい。どちらも国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可


2026年6月8日月曜日

飛騨川 黍生谷

 













 乗鞍の谷は困難を求める遡行者には向かないが逍遥好きにはお勧めできる。美しい森と苔の谷を歩き鳥の声を楽しみつつナメを登る。イワナと遊んでもらうのもいい。余裕を持った行程を組んでゆったりと過ごすのである。

 黍生谷はゆったり沢旅の筆頭に挙げてもいいだろう。近年の集中豪雨によって乗鞍の谷の多くが荒れた。黍生谷の被害は小さかったようで穏やかな渓相を保っている。標高2000mまでは沢登り的に特筆することは何もない。嘶くような駒鳥の声と朗々と歌い上げるミソサザイの声を聴きながらしっとりと天然林を歩く。筆者らが訪れた6月は食べごろの行者にんにくが自生しており有難くいただいた。2000mで大滝が現れるとナメや小滝が現れ始めて爽快だ。最後はハイマツの森が現れて面食らうが直ぐに低木となり歩きやすくなる。天気と時間が許せば乗鞍山頂へ向かおう。登山道には石仏が安置されており旅情を醸す。どのような行程を選択するにせよ帰路は安楽ではないがこれも谷が静寂を保つことに一役買っている。

 遡行は難しくはないけれども登山として登り降りするには相応の力がいるのも事実ではある。適当に入渓して動植物を眺めてのんびり過ごして戻ってくるという関りもいい。

<アプローチ>
黍生谷右岸についた林道のゲート前に駐車して適当なところから入渓。シンプルに遡行して稜線に上がる。幕営可能箇所は多いがやや決定打に欠ける。筆者らは1800~1850mの区間で幕営したが、2000mを超えても適当なところはある。下降は色々考えられるが筆者らは車を一台デポして塩蔵川左俣とした。左俣上部はナメや30m大滝なども出てきて中々面白い。本流も右俣合流後しばらくするとスケールのあるナメが綺麗だ。





1480mから林道に上がったがこれが失敗で林道は車が通っておらず結構藪が濃い。それだけならよかったのだが、途中で大きく崩壊した箇所が2か所ありこの通過が危険極まりない。この状況ではおとなしく最後まで塩蔵川本流を下降したほうがいいだろう。

<装備>
登ることに関してはロープは要らない。沢を下降する場合用に懸垂下降用のロープくらい。

<快適登攀可能季節>
6月~10月 南面なので雪の少ないシーズンならば6月から行ける。

<博物館など>
千光寺:円空ゆかりのお寺で作品を豊富に所有する寺。定番の不動明王はもちろん、宇賀神や水神もいい。しかし、千光寺保有の円空仏といえば鬼気迫る傑作の両面宿儺であろう。円空仏のなかでは複雑で力強く彫られており印象深い。

2026年5月31日日曜日

笠谷右俣B沢


 













 笠谷は山深いようで近い不思議な谷である。距離は長いけども林道を歩けばアプローチは速く済む。どの谷も難しくないため遡行速度もそれなりに出るので早朝出発で日帰りできる谷が多い。しかし入渓すると稜線まで深山幽谷の妙味がある。

 笠谷右俣B沢は錫杖岳へと通じる沢である。水平距離が長く感じるが富山からならば余裕をもって日帰りができる良渓だ。左俣と分かれると俄かに両岸が立ち始め大きな美瀑が続く。どれも困難はないが危険性を孕んでいるので油断せずロープを出した方がいい。A沢との出合はB沢とも立派な滝で出合っており興味深い地形となっている。B沢に入ってもナメ滝が散発的に出てくる。1400mくらいからは淡々と苔むした岩を流れる水を遡る。静かで涼しい風が吹き抜けて気持ちがいい。稜線に出ると錫杖本峰と中央稜の岩場がイカツイ。冬に登った中央稜P3正面壁の下からは見えなかった弱点が見える。次はあそこから中央稜を目指してみようか。牧南沢を注意しながら降りれば歩きなれた登山道である。

<アプローチ>
車か自転車を槍見にデポして笠谷入り口の林道に入り発電所のゲートに駐車。回収を考慮してもう少し手前に駐車するのもいい。林道を歩き本谷へ降りやすい適当な所から入渓してもいいし、途中から荒れた林道を最後まで詰めてもいい。林道終点まで行った場合は少し戻って右俣に入る。筆者らは錫杖岳南側のコルから牧南沢を下降した。牧南沢は錫杖岳本峰を目指す登山者の登路になっているようで割合下降しやすいが急な沢なので油断ならない。

<装備>
スリングだけでOKだが、シャワークライミングをするならギア一式。フェルトでもラバーでもいい気がする。

<快適登攀可能季節>
6月~10月。

<博物館など>
上宝ふるさと歴史館:民具、播隆、円空、縄文土器、郷土の偉人と筆者の大好物が揃った歴史館。岐阜県内の歴史館と比べると施設自体が新しく綺麗である。どの展示も推したいがやはり高原郷の夭折した傑物、本郷村善九郎の伝記が最大の見どころ。大原騒動における胆力のある対応はティーンエイジャーの成せる業ではない。辞世の句も秀逸。

江馬氏館跡公園:江馬氏は室町時代~戦国時代に北飛騨地域を治めた豪族武将である。その時の武将が室町時代に命じて作庭させたのが会所庭園である。来客をもてなす為に作られた石庭は失礼ながら地方豪族が設計したとは思えない瀟洒さで都の風を感じる。作庭費用は鉱山で得た資金を投下したのであろうか。飛騨が天領となった元禄以降は田に埋められてしまったが、昭和に発掘され再現されている。すごくいい庭なのにお庭を眺めながらお弁当を食べられるというフレンドリーさよ。

高原郷土館:鉱山資料館、神岡城、旧松葉家と3つの博物施設が集まった公園。神岡城内では神岡の歴史を概観でき、鉱山資料館では昭和における採掘~精錬までの工程をビデオで学習できる。鉱山資料は少し情報が古いものの鉱業の現場を知ることができるので貴重。そして最も推したいのが松葉家。神岡に現存した合掌造りで農具、山仕事道具(刃物含む)養蚕具が3階建ての中に所狭しと並ぶ。背の高い人は上階で頭をぶつけないように注意。
なお、近現代の生活に関する書物は「奥飛騨山郷生活文化の記録」が面白く、土木開発については「土と木と水と人と : 建設概史」が概観にふさわしい。どちらも国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可