2026年8月30日日曜日

鹿島川 大川沢大沢

 















 後立山では一般的に沢登りの楽しめる谷が多くないようで、遡行したという話は聞かない。鹿島槍を麓を流れる大川沢の地質図を眺めると黒部川花崗岩と同じ年代の花崗岩が分布していることになっている。鹿島槍の谷は積雪期にしか登ったことが無く、谷の様相は伺い知れない。地形図では面白そうな沢があるので探索に行くことにした。

 アラ沢までは積雪期と同じように本流を歩くが、雪に覆われていないと荒れた谷であることが一層伝わる。そして地質図にある黒部の岩というのが恐らく間違いで、高瀬川流域に広がっている岩に非常に似ていることが判る。どうやら有明花崗岩に近いグループのようだ。アラ沢の一本上流にあるゴルジュ状を呈した右岸支流の遡行を試みる。出合から上流からの土石流の爪痕が凄まじい。そして側壁の崩壊も進行している。少し遡ると連瀑帯となる。滝側面の岩は大変脆く水流付近はピカピカのスラブ。高瀬川の支流にそっくりな様相だ。簡単に高巻けるかと思いきやそんなことは無い。だんだん側壁の崩壊が恐ろしくなりったので本流に戻る。カクネ里まで歩き左岸側の支沢を観察するが、どれも急傾斜で滝を連ねて脆さとスラブが際立つ。加えて側壁からの崩壊も携えている。迂闊に入ると大変にことになりそうだ。比較的安定していそうな大沢へと入る。

 大沢も同じ系統ではあるが側壁の崩壊が無いので気楽である。予想通り直登できる滝は殆どないものの、変わった形の滝が多いので面白い。登れると取りついた滝もホールドはスローパーで裏切られるので難しい。恐らく花崗岩の結晶が荒く風化しやすいこと、水流で浸食されるところは極端に滑らかになるのであろう。途中で安山岩の貫入岩が現れて遡行内容が変わるかと期待したが小さな岩体で直ぐに花崗岩に戻った。時折ゴルジュ地形になるので、その度にこれまでか!と緊張するが息詰まることなく小遠見のコルまでたどり着けた。下降は1355m左岸支流を選択したが、スラブと滝が続くので下降は難しい。土砂が絶え間なく流れるためか、大岩や倒木が安定しておらず懸垂支点として使えないのだ。脆い岩のブッシュは根を張っていない物もあるのでチェックは欠かせない。登るのと同じくらい時間がかかると思った方がいい。15~20mクラスの滝もいくつか出てくるのでクライムダウンと組み合わせての懸垂となる。出合に戻ると安堵で破顔と相成る。

 美しさはなく悪さが際立つ大川沢での沢登りは決して快適ではない。しかし遡下降を終えると充実感で満たされた。荒れる裸の山を登った達成感だろうか。はたまた逃げ切った安堵感だろうか。崩壊が少し落ち着くようであれば今回登ることができなかった支沢も登ってみたいものだ。

 <アプローチ>
大谷原の駐車場から歩いて大川沢へ。大川沢本谷は土石流の影響で荒れており下部から渡渉を繰り返す。大沢を登った後は遠見尾根へ出るので好きな沢を下降する。1355m左岸支流を降りたが、支点を探しての懸垂が続き中々面白い。遡行と同じくらいの時間を見込んでおいた方がいい。ベースとするならばニゴリ沢を過ぎた後のゴルジュを抜けた先がちょうどいい。側壁も崩壊している箇所が多いので幕営場所も注意。

<装備>
カム少々、ピトン少々。足回りはラバーソール。

<快適登攀可能季節>
7月~10月。

2026年8月26日水曜日

黒部川 餓鬼谷

 




































 
 生活から遠い文化の発展は気づきにくい。黒部川流域の地質や造山運動の理解がここ十数年で格段に理解が進んでいることを知っている富山県民はどれくらいるのだろう。20年前は滝谷花崗岩が世界一若い花崗岩とされていたが、現在は約80万歳となる黒部川花崗岩が世界一となっている。さらに黒部川流域の隆起速度が衝突帯でもないのに7.5㎜~10.2㎜と異常に速いために新しい花崗岩が露出していること、その隆起が速い理由は沈み込み帯火山弧によるマグマによって温められたが地殻が脆弱化し、沈み込み時の圧縮力に対しての隆起が早くなるというメカニズムの理解まで進んでいる。これは世界の沈み込み帯の隆起を説明できる可能性がある成果だと思う。黒部というフィールドでの活動によって人類の世界観が明確なっていることは県民として嬉しいことである。悦ばしきことに沢登りができれば、その黒部の自然を直接的に五感で味わうことができるのである。

 餓鬼谷は黒部川流域きってのエンタメ渓である。爽やかな渓相と恵比寿ノ滝周辺のゴルジュ連瀑はもちろん秘湯野湯マニア垂涎の餓鬼の湯という温泉が存在からである。川湯がある温泉は日本に幾つかあるだろうが沢登りがこれほど面白い沢もあるまい。更に黒部川花崗岩が分布しており下部はあのパンダ石が見られるのである。温泉旅行と黒部川花崗岩の観察を兼ねて訪れた。
 
 出合いの滝はスラブ状で登れそうだがあまりにも簡単に巻けるので巻く。下部のゴルジュは水量も豊富で直登が難しいものが現れる。部分的にロープを出すが巻きはそれほど難しくない。ゴルジュの抜け口で黒部川花崗岩に含まれるエンクレーブの元となった可能性のある岩を見つけて盛り上がる。新しい黒部川花崗岩といっても年代に差はあって大体2万年単位でマグマの貫入があったと考えられているようだ。よーく目を凝らすと似た岩のようで違う岩があるのは火山活動2万年の境界なのだろう。遡行中に2万年単位で時が流れたようで面白い。
 ゴルジュを抜けると開けた川原となり割合直ぐに餓鬼の湯に到着する。餓鬼の湯は全て右岸側から湧出しており、大体長さ300~400mくらいの範囲に存在する。川の水と混ざり合って奇跡的に良い湯加減になっているところがあるはずなので、そこを探して整地して湯としよう。バイオマットの繫茂も綺麗にして立派な露天風呂としたらあとはゆったりと楽しむ。なお地熱がすごいので右岸側で寝ない方がいいだろう。
 温泉から恵比寿ノ滝まではゴルジュになった小滝が出てきて巻いたり登ったりする。ラインの自由度は比較的高いので登り、巻きいずれもやりやすい部類だと思う。岩は暗色包有岩かと思いきやゼノリスが混じっているので注意して観察されたし。恵比寿ノ滝の付近は奇瀑と美瀑のカーニバルで登っても観ても楽しい。その後大黒鉱山跡がすごいスケールで展開してこれまた驚く。唐松岳へ詰め上げる沢は途中で泥岩ミニゴルジュが出るがその後は猛烈なガレと雪渓となったので2250mくらいから登山道の方へエスケープ。登山道は廃道が決定しており崩れが顕著な箇所もあるが唐松までは問題なかった。八方尾根は本物のカーニバル開催中かと思うほどの人だかりだった。皆さん楽しそうでいい。近年の八方尾根は毎日カーニバルなのかも知れない。

 餓鬼谷は変化に富んだ内容、エンターテイメント、手頃な遡行難易度から黒部川でも屈指のお勧め渓。そして富山県民であれば黒部の大地の恵みを享受するべく来訪必須の渓谷といえよう。

<アプローチ>
黒部鉄道トロッコ欅平から歩いて折尾谷を下降して取りつくか、阿曽原温泉小屋の斜面から本流に降り立ち本流を下降して取りつく。欅平~唐松岳の登山道は崩壊が相次ぎ廃道化が決定した。下降路は①草木に埋もれ完全に廃道となる前に藪を漕いで旧道を降りる、②猿猴沢を下降して欅平へ、③八方尾根又は遠見尾根を降りて白馬へ至るの3通りが考えられる。幕営が可能な箇所は随時現れるが行程と楽しみを考慮した適地は温泉地帯の適当な箇所にある左岸、大黒銅山後の広い川原の2箇所となる。

<装備>
カム0.3~1.0、ピトン各種。足回りはラバーの方がいいと思う。

<快適登攀可能季節>
8月~10月 残雪、寒さ、害虫など各種事情を鑑み判断されたし

<温泉>
とちの湯:宇奈月温泉総湯は駐車場も無いし、露天風呂もない。山屋のみなさまはこちらへどうぞ。

<博物館など>
うなづき友学館:黒部市立図書館の分館と歴史民俗資料館が併設している。何と言っても1/2愛本刎橋が見ものの博物館である。30年おきにかけ替える刎橋だが、当時のオーソドックスな橋脚がある木造橋の架け替え頻度ってどのくらいだったんだろうか。もっと深く橋の構造比較をしてくれればありがたいと思う。このほか、稚児舞や七夕といった地域の祭事展示も興味深い。

シーラカンス毛利武士郎記念館:晩年を富山で過ごした沈黙の彫刻家、毛利武士郎のアトリエを改装して作られたアートギャラリー。代表作である哭Mr.阿の誕生や工作機械を用いて作られた謎の金属造形が常設展示されている。

<グルメ>
よか楼:昨今話題の町中華的定食屋。コスパという卑しい概念を持ち出さなくても味で選べる良店。ジビエ料理も時折そろえる。

2026年8月19日水曜日

大白川 姥ヶ谷

















 姥ヶ谷は白山の沢登りの中でも渋い位置にいる。取りつきやすい地理位置関係でありながらマイナーなのは上流には大白水谷という易しい綺麗系があり、近くにはカラス谷や大畠谷といったゴルジュ名渓が有るからでだろう。スケールが大きくない上に内容がわからないと遠方からは訪れにくいものである。

 筆者らが訪れた際には渇水のためか出合に水が流れていなかった。下流部に土砂が多かったためもともと水量が多い沢ではないのだろう。出合から少し登るとゴルジュ状を呈する。登るには手ごわいので巻きに入るが、地形が厳しいため大高巻きになる。しばらく川原を歩くと再びゴルジュ状となる。こちらは二段になっており下段は登れる。二段目も登れなくもないだろうが、大変そうなので高巻いた。1180mくらいから楽しいゾーンで美瀑が続く。どれも快適に直登できるのが嬉しい。水量が乏しくなってくるものの、岩盤が発達しているので渓相はよい。牧谷へ下降するのに最も近くなるコルへは労なく上がることができる。牧谷の上部は2つほど大きな滝が出てくるものの、懸垂で容易に下降可能だ。ヌメリが強いのでクライムダウンのミスの方が怖いかもしれない。取水施設からは道が付いているので最後は歩いて国道に出る。

 日帰り遡行をするには丁度いい。歩き主体であるものの滝登りと巻きがバランスよく楽しめる。沢慣れしていれば早朝に出て昼前には降りられるだろう。富山からは微妙に距離があるけど温泉旅行を兼ねてどうぞ。

<アプローチ>
 大白川ダムへと続く道の手前に駐車して大白川本流を歩く、又は林道を歩いて入渓。下降は牧谷をとるのが自然だが途中でやめる場合はトチヌマを降りる。日帰りコースだが姥ヶ谷内でも泊まれるところは随時出てくる。

<装備>
滝登りでロープは出さなかった。念のためピトン。ヌメリがあるのでフェルトの方がいいかも

<快適登攀可能季節>
7月~10月。

<温泉>
大白川温泉:硫黄泉ーナトリウムー塩化物泉。洗い場は無いので石鹸をもって行こう。道の駅にも温泉が併設されているがこちらはあっさりとした泉質。

<博物館>
白川郷の古民家には生活の知恵が詰まっている。一度は行っておくと良いでしょう。世界遺産だし。自然に溶け込んで非常に理にかなった建物である。

2026年8月13日木曜日

島々谷川 一ノ沢












 超ざっくり常念から焼岳の東側の地域は堆積岩主体である。この付加体の堆積岩一帯が崩れやすいのか沢登り的に興味がある地形が乏しいように見える。
 島々谷川もその中に含まれている。古くから杣人に登り降りされているこの谷に未知は無いだろうし、沢登り的に面白いものもないかもしれない。とは言えちょっと気になるゴルジュ地形と訪れたことが無い山域を楽しみに一ノ沢へ。

 登山道の雰囲気がいいので歩き始めから気分がいい。入渓して直ぐになるほど、チャートと固そうな砂岩の中に土砂と黒い泥岩が混じっている。土砂が多く水量が少ないので基本歩きなんだろうと推察される。ちょっと歩くとゴルジュ地形となってきてその奥に8mくらいの滝が架かる。登るのは難しそうなので巻いて降りる、小滝を登ると谷は開ける。チャートの固い地帯がゴルジュになっていたようだ。以後ながーい土砂歩きとなる。樹高が高く森が深いので気持ちが良いのでのんびりしたくなる。初めての山域は新鮮で土砂歩きでもいい感じだ。標高1600m付近で開けて15m滝が現れる。これは右の小流れルンゼから簡単に登り巻ける。小滝を幾つか挟んで二段30mの滝。これも滝の右側からやや気持ち悪い登りで直登できる。以後は再び土砂渓となり悪さは無く尾根に出る。至った尾根は美しい森でとても気持ちがいい。これまたのんびりしたくなるところ。期せずして稜線まで出てしまったが時間に余裕が欲しいところだ。下部でのんびりしすぎたので森を堪能するのは程々にして出シノ沢へ下降を開始。こちらはチャートが分布していないようで土砂だけの谷である。上部は急傾斜であるため懸垂を要するが下降しやすいほうではないだろうか。望まれる幕営地が無く大滝山を登ることができなかったのが悔やまれるが良い登山であった。
 
 一ノ沢は沢登りとして決して一般的になるような沢ではないだろう。それなりに悪い個所があるものの冗長な感もあり、これを好む沢屋は珍しいと推察する。しかし地質図では穂高の東側でチャートが纏まってゴルジュを形成している稀有な沢であり、訪れる価値はある。また、三木(姉小路)秀綱の妻が捕縛されて亡くなった悲話の地ということもあり、戦国歴史好きにもお勧めしたい。ところで秀綱妻の芳名が知りたいが資料を調べても出てこない。日本の歴史では女性は名前がわからないことが普通ではある。しかし現代の感覚では心を寄せる際に名を呼びたくなるので少し寂しく感じる。時を経て価値が変容するというのも面白いことだ。

<アプローチ>
島々の有料駐車場に駐車して徳本峠へと続く林道から登山道を歩き一ノ沢へ。下山はどこからでも良いが出シノ沢を下降するのが近い。出シノ沢は上部で懸垂下降が続くが1670mの二俣以降はガレの続く下降が容易な沢となる。下降する沢を含めて幕営箇所適地は殆どない。特に上部に行ってしまうとゴルジュ地形で土砂が多いので絶望的となる。一ノ沢下部で泊まるか下降する沢で探しながら降りる。増水に耐えられる快適な箇所は乏しいので晴れている日を選びたい。

<装備>
カム小さいのとピトン少々。足回りはフェルトの方がいい。

<快適登攀可能季節>
6月~10月 標高が高いので寒いこともあるかも。雪は少ないのでシーズンは長そう。

<温泉>
竜島せせらぎの湯:小さいけれど落ち着く温泉。なぜか糸魚川市の海産物がお安く手に入る。