2018年7月24日火曜日

乳川谷 北沢










主はアブラハムとその子孫に「乳と蜜の流れる大地」即ち約束の地カナンを与えた。と旧約聖書にある。この「乳と蜜の流れる大地」という言葉に対してある時、このスウィートな乳の源は?蜜の源は?と疑問に駆られ、乳の川や蜜の川が流れていたら是非沢登りをしてみたい、いやするべきだ。と直下型地震のような遡行原動力に揺さ振られ即座に地図を広げることに。するとソッコーで乳の川、安曇野に有るじゃん。安曇野、約束の地じゃん。しかも、流路がうねり曲がっていて遡行対象としても意味深深である。

もう少し地図を読み込むと入渓点から少し上流に「マムシ平」という地名の場所がある。この地名に今度は長周期型振動のように揺さ振られた。安曇野は日本において道祖神信仰が最も強く残っている地域だ。双体道祖神は主が創造した男女「アダムとイブ」と重なる。そしてアダムとイブが居した楽園エデンの園を追放されるきっかけを作ったのは蛇だ。これほどまで、エピソードが繋がるのかと驚きを禁じえない。安曇野はカナンでありエデンであるとは新発見である。さらに乳の川の源流は「餓鬼岳」である。これもカインが追放されたエデンの東を彷彿とさせて超クールだ(実際は安曇野の西)。また、仏教的視点を混入させると乳の川の源は因果の果て六道輪廻の餓鬼道という人間存在をえぐるような終着とも捉えられる。乳川谷を巡るパッチワーク的妄想ははち切れんばかりになってきた。よっしゃ、このまま支離メッツ、レッツゴーと勇んでひとり入渓した。

川に入れば乳川と呼ばれる理由は直ぐにわかる。河原は真っ白い花崗岩で覆われているのである。水を口に含むとほんのり甘く美味しい。これはこの川の水が乳、だからではなく花崗岩質のため苦味成分となる2価金属イオンや植物由来の塩基性物質が少ないためなのだろう。遡行は直登、巻きどちらもこれと言った難場は無く、釣りを楽しみながら歩む。マサ化による砂が多くやや岩魚は住み難い渓相である。大ひょんぐり滝(立ちしょんべん滝と命名)は一見の価値ありである。1300m二俣より上部は魚止め滝となっていて魚影は見なかった。北沢に入ると上部崩壊地からの土砂流出が凄まじい。この谷の流路がうねっているのは、もしかしたら度重なる崩壊により流れが頻繁に変わった為なのだろうか。地形図において傾斜が強い部分では滝になっているが、滝そのものの傾斜は緩いので登り易い。ただ、岩がボロボロなのでホールドチェックは慎重にしたい。源流の崩壊現場に近づくと自然落石の音が鳴り響き恐ろしい。これは敵わんと百曲リ手前の最短距離で尾根へ上がれる場所から登山道へ抜ける。上から眺めると北沢の崩壊は物凄いスケールである事が良く解る。餓鬼岳の山頂はそれを知らぬ存ぜぬ顔であくまで爽やかだった。

沢登りは日本的登山とよく言われる。日本的の一端は古事記やアニメのようなフィクションを創造する発想力だと思う。だから沢登りは竹内文書を作成するような意気込みで支離メッツ、レッツゴーで臨むのが純和風登山なのである。それは餓鬼の如く好奇を貪ることであり、とびきり愉快な無間地獄かもしれない。ともあれ、次は蜜川探しである。

<アプローチ>
乳川谷の右岸側の林道に駐車する。左岸より右岸側の方が道が整備されている。日帰りでも可能だと思う。泊まり場は北沢より手前ならばそこそこの場所が幾つかある。下山は白沢登山道を降りた後3キロくらい林道歩いて戻る。北安曇野地域となると、糸魚川経由か松本経由か悩ましい。いずれの場合でも富山市内から3時間くらいで到着する。

<装備>
スリング数本。ラバーソールが有効。

<快適登攀可能季節>
6月下旬~10月。

<博物館など>
碌山館:荻原碌山やその仲間の作品を展示。鉱夫、デスペア、手(高村光太郎)等の有名作品がある。建物も趣がある。

安曇野市豊科近代美術館:宮芳平という作家の作品が良かった。特に詩集「AYUMI」は好み。

高橋節郎記念美術館:漆の絵画が興味深い。

安曇野市穂高郷土資料館:穂高町の歴史、特に縄文時代についてが詳しく展示されている。養蚕についての展示も興味深く楽しめる。

安曇野ちひろ美術館:いわさきちひろの作品を中心とした絵本の美術館。いわさきちひろは絵本を俳諧になぞらえて表現していたとか。人となりを理解して味わえるの展示となっているのが面白い。

<温泉>
すずむし荘:単純弱放射能温泉(ラドン温泉)でさっぱりとしたお湯。内湯、露天ともに綺麗で快適である。500円也。

0 件のコメント:

コメントを投稿