2024年1月23日火曜日

錫杖岳 中央稜P3正面壁






 錫杖岳の中でも中央稜はあんまり人気が無い。前衛フェースからアプローチするとP2左の凹角が余りに顕著で面白そうなラインなのでそちらに吸い込まれていくので、牧南沢側へ入ることは少ないのだ。しかし、牧南沢側にもしっかりと岩場はあるし、錫杖でも最大級の氷柱一角獣もある。
 P3正面壁は登山大系に記載されているものの、行ってみると概念がよく理解できない。どの壁に行ってもそうなので、筆者の空間把握能力が乏しいのだと思う。幾何は得意ではないし、道路は全然覚えられない。それでも何とか登山が楽しめるのは地図とコンパスがあるから。実に有難いことである。閑話休題。浅い凹角に雨後特有の薄いベルグラがびっしり張っていて面白そうなのでそこから取り付いた。草付きはズルズルだし、ベルグラが張っていてホールドは埋まっている。錫杖では珍しいスラブで、当日のコンディションも相まってとても面白いラインであった。弱点を探して草付きを少し登り左へ入ると、どでかい凹角に合流する。凹角に入ると岩が脆くて中々危ない。フェース面や浅いクラックから支点が取れないのでコーナーへ逃げざるを得ない。ビレイポイントが落石フォールラインに被るので特段の注意が必要だ。上部がハングしているので雨雪が当たらないため、この大凹角は大体乾いているのだと思う。とはいえ、当日は気温が高すぎて凹角コーナーの岩もボロボロ、草付きは田起こし状態。P3山頂は次回の楽しみとした。

中央稜は前衛壁よりちょっぴり遠くて、岩が不安定なので人気が無いのかもしれない。それでも、クライミングはすごく面白い。富山から近くていい山を遊びつくそう。

<アプローチ>
北沢を横断して尾根末端の岩壁を回り込む。尾根末端からダケカンバの大木が立っている浅い凹角から登り始めてもいいし、もう少し牧南沢を登りとても大きなルンゼから登り始めてもいい。どちらもP3の頂上へと向かう事が出来る。雪が安定している場合、P3山頂からはP2とのコルへ降りて牧南沢側を下降すると早い。

<装備>
カム一式(0.2~3まで2セットあると安心)、凍ったクラック用にトライカム、ピトン各種

<快適登攀可能季節>
12月~2月。岩が脆く日当たりもいいので寒いタイミングがいい。

<温泉>
栃尾の荒神の湯は良い露天風呂。体を洗う場合は石鹸を持っていこう。寒くて洗えないかもしれないけど。割石温泉まで行くのもいいだろう。

2024年1月9日火曜日

岩小屋沢岳南尾根






 鳴沢岳と岩小屋沢岳は通過するばかりで、それ自身が登山対象になることは多くない地味な山である。登ったと主張したところで、取り立てて知名度も無ければ高度も無いので認知されないのが悲しい。おうおう!登山者の皆さん人生損しているぜ。これだけアプローチが遠くなく、技術的な困難は無いものの景観が抜群で、それでいて冬の北アルプスらしい環境の判断が求められる入門的な山は多くはあるまい。

 岩小屋沢岳南尾根は年末年始のころから大体雪はついており登ることができる。雪が少なくても思ったほど藪が濃くないので、少々我慢していれば安定した雪が得られるであろう。2000mをm越えると視界が開けてきていい感じ。2350mから山頂へと続く雪面は雪崩に要注意の地形だ。積雪状況には留意したい。山頂からは黒部の展望が素晴らしい。入門というのは技術的な面ばかりに着目して語られるが、次あの山のあそこを登りたいなという気分を与える環境的な意味での入門もあってしかるべきじゃないかと思う。その点、岩小屋沢岳南尾根は入門の要素を多く満たしているはず。雪山入門は八ヶ岳じゃないよ。岩小屋沢岳南尾根だよ。これ覚えておいてね。

<アプローチ>
日向山ゲートに駐車して扇沢駅の少し手前、扇沢右岸から取り付く。下山は新越尾根か同ルート下降が良い。幕営適地は随所にあるが、2136mを越えると樹林が疎になり風が通る。悪天候時は余り標高を上げて幕営しない方がいい。

<装備>
特に何もいらない 

<快適登攀可能季節>
12月~4月 南面であるため、余りに時期が遅いと雪が腐って面白くないかも。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。ボルダリング壁も一回100円で一日利用可。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。

<温泉>
上原の湯:地域に親しまれている温泉でリーズナブル。

<グルメ>
昭和軒:大町駅近くにあるカツ丼の店。大盛りはプラス100円で凄い量が食べられる。

剱岳 八ツ峰四稜~主稜(冬)

 




















 山登りには沢山の印象的な朝が訪れる。せせらぎの音の朝、風の音で目を覚ます朝、凍える最中待ちわびる朝。朝のリレー走者を請け負っているからには次走者への良いリズムでバトンを渡すべく、各種の朝を取り揃えておくことが肝要である。その点において山登りはいいんじゃないでしょうか。筆者の考えるマイ★ベスト朝は東面の雪稜で迎える朝だ。月光を浴びて行動を開始し、やがて空の色が七色に変化し、山が紅に染まる。あれだけ大切な存在であった月はいつの間にか意識から消える。弾む呼吸と冷気とが重なり、視覚情報に風味が加えられる。風の無い静かな朝であれば世界の静寂を破るのは自分だけだと気づくだろう。冬の雪稜は五感すべてから地球と自分の存在を意識させてくれる。
 では、どんな東面の雪稜でも良いかというのそういう訳でもないなぁ。やっぱりちょっと緊張感がある状況の方が鋭利な心象として輪郭が立ってくる。その点において冬の剱岳八ツ峰は国内でも最高の朝を提供してくれるはず。
 
 3月に四稜~主稜を登ったことがあるが、年末年始とは行って帰ってくるくらい状況が違う。四稜の末端は藪が五月蠅く時間がかかるので、無名岩峰まではルンゼから登り割愛した。春には安定した雪面となるⅣ稜上は不安定な雪が付着するので、基本稜上を勝負することになる。稜上に雪崩雪面が現れるので、天候には細心の注意を払いたい。Ⅰ峰の直下にある小ピークは左から雪面を登りエスケープした。ここも雪崩斜面となるので場合によっては苦労しても稜上を進もう。漸く辿り着いたⅠ峰からは連続する鋭いナイフエッジが望め疲れが吹き飛ぶはず。
 Ⅰ峰に出てから悪めのクライムダウンを少しこなしてから懸垂下降1発でコルに至る。以後、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ峰各ピークと途中に現れる小ピークからは懸垂となる。支点は掘り起こしてブッシュや残置を出すといい。無い場合は設置することになる。稜上が不安定な雪なこと、重荷を背負っていることもあり基本的にロープは繋いだままになる。確保が不要な場合でもロープを仕舞わずに引きずって行った方が行動の切り替えがし易い。ポイントとなるのはⅥ峰、Ⅶ峰の急雪壁登りだと思う。大きな雪崩斜面を登らざるを得ないので、主稜上で悪天に捕まることは余り想像したくない。八ツ峰の頭に着いたら池ノ谷乗越へは懸垂下降1発で到着。ここに到着してもまだまだ気が抜けないのが剱岳。馬場島に到着するまで気を引き締めて。池ノ谷乗越からの登りはどうという事の無いルンゼであるが、雪崩が発生しやすいのでロープを付けていった方がいい。早月尾根はいつだって強風だから対策は十分に。

 厳冬の八ツ峰は登る機会が多くないのは事実である。しかし、温暖化や働き方改革という時代環境の変化が有り以前よりも取り付くチャンスは増えているのだと思う。もし、貴方の考える最高の朝が東面の雪稜であるのならば、我武者羅に毎年通うという手もアリなんじゃないでしょうか。その時は月齢も忘れずにチェック!

<アプローチ>
2217mの無名岩峰に至る尾根やルンゼは多いので適当にその前に登ったルートから至近の尾根かルンゼを登るといい。筆者らはガンドウ尾根から継続した。先の好天周期が限られており、当日の雪の状態が良かったので、無名岩峰北側コルへ通じるルンゼを登った。四稜の幕営可能箇所は地形図通りであるが、雪崩リスクの少ない安定した個所を選びたい。主稜上はⅠⅡ峰間コル、ⅤⅥコルが快適だが、雪洞ならば要所に設営可能。

<装備>
スリング少々と念のため懸垂用アンカーとして土嚢袋。アックスは1本で良い。墜落のリスクは無いので、細径スタティックロープを利用する手もある。

<快適登攀可能季節>
12月~2月

<温泉>
アルプスの湯、ゆのみこ温泉

池平山 ガンドウ尾根













 人類の発展歴史を考えたとき刃物の文化史は欠かせない。日本は森林に恵まれた国土で木材加工が重要であった。 その点において鋸の加工技術は古来より富国強兵の礎であったことに間違いない。日本各地の郷土資料館を巡ると実に多くの種類の鋸に出会う事が出来る。サイズ、歯形、材質、材の厚みなど、当時のものづくり技術を垣間見る事が出来る道具は面白い。特に歯形の仕上げは難易度が高く、当地の木材にあった仕様に設計する専門の職人がいたのであろう。古い鋸を眺める度に現代に生きる我々には失われてしまった技術と感性があることに気づかせてくれる。

 鋸フリークが絶対に訪れるべきなのが十字峡からのガンドウ尾根である。ガンドウとは鋸そのものの意である。その体を表すのが、北側や東側からではなく南側(十字峡側)から眺めたあの鋸歯状のリッジであることは想像に難くない。南面にある低標高の藪尾根であれば、そうそう雪稜登攀の対象となりにくいが豪雪地帯黒部では十分登る対象となる。内容的にも大変面白く気持ちの良い尾根である。
 十字峡から高差150mくらいは急傾斜で登攀的である。剣沢大滝やトサカ尾根の展望台となる左のリッジに乘ってから本格的に雪稜となる。筆者らが訪れたのは寡雪の12月末であったがそれでも十分に楽しめた。1600m双耳峰を過ぎるまでキノコ雪や小ギャップの処理など時間がかかる要素が多い。そこを過ぎると少しだけ地形は穏やかになり、最後の1710mピークを越えればあとは池ノ平山まで黙々とラッセルする。本当の核心はここから北方稜線を経て早月尾根を下降することなのだが・・・

 鋸はもちろん、藪雪稜も日本の文化。しかも南面の1000mから始まるキノコ雪なんかそうそう有ったもんじゃない貴重な存在である。ガンドウ尾根は雪稜フリークも訪れるべき貴重な稜である。

<アプローチ>
後立山を越えて十字峡に至る経路としては牛首尾根か岩小屋沢岳北西稜となる。筆者らは後者を利用した。1583mのピークから十字峡に至る尾根を下降して1150m付近で西へ向かい、傾斜が強くなった所から懸垂下降とする。1583mピークは広河原周辺の壁尾根側壁の眺めが素晴らしいところだ。1350m付近が最終幕営可能地点であることを覚えておくと便利である。懸垂下降の出だしは藪だらけなので細かく切っていくといい。緩傾斜を狙うと自然とルンゼ状に入って行く事になるが、左右の藪を使えば懸垂の問題はない。
 12月であれば十字峡より200mくらい上流であれば膝上くらいの水量の渡渉で行ける。ここは北尾根からのルンゼ末端となっているので2月ならばスノーブリッジが懸かる可能性がある。距離にして50mくらい上流側にさらに大きなルンゼが有り、そちらの方が歩道に上がり易いが少し雪崩のリスクが有るので状況に依り判断が必要。十字峡の北尾根末端と、ガンドウ尾根の1P終了点(歩道から高度30mくらいUP)は大変良い幕営点である。ガンドウ尾根上にも意外に幕営点は多いので、気にせず突入されたし。なお、携帯の電波は岩小屋沢岳北西稜~十字峡~大滝尾根の頭までバリバリ入る。そこから先は弱くなり、2173m三角点は入らない。

<装備>
基本アックスは1本で良い。荷揚げやユマーリングを考慮して軽量細径スタティックロープを持っていくと大変都合がいい。完全に保証範囲外の利用方法だが、確保にも使用するのが装備が軽くて便利。軽量細径スタティックロープへ噛ませる登行機はタイブロックではなく必ずスプリング付きの機種にしよう。十字峡の渡渉時の足元はネオプレーンソックス必携。渡渉ばかり気になるが、実際には雪の上へ上陸するための道つくりが大変である。この時もネオプレーンソックスのまま雪を踏み固めたり掘削したり作業するのがいい。横断後はスコップの上で燃やせば荷物にならない。標高が低くむちゃんこ濡れるので出来ればシェルは新品で臨みたい。叶わないならば最善の防水&撥水加工を施して。

<快適登攀可能季節>
12月末~3月 根雪が付いていなかったり、雪が無かったりすると厳しい藪漕ぎになって不快かも。その点を考慮すると2月が最も楽しい。