2024年8月20日火曜日

乳川谷 ヨセ沢





















 忘れられない出会いがある。宮川水系のとある支流を登るため沢登りの準備をしていたら軽トラで初老のおじさんが登山者らしからぬホームセンターで売っている作業着で現れた。滑り込むように駐車してから颯爽と降車し我々に声を掛ける。「沢登りかい?」「そうです。そこの谷を登ります。おじさんも沢登りですか?」「いやぁ、俺は藪専門だからそこの尾根。藪山しか登れないから」と登山道のない尾根を指さすおじさん。想定より斜め上の回答をさらりされ、自分の中の時空が少し歪んだが、尋ねるのも野暮な気がして「そうですか、どうか楽しんで!」とあっさり互いの無事を祈り別れた。あれから幾年経ったのか分からないが、私の夜空に彼はシリウスのごとく輝いている。
 彼の発した言葉とその表情から、これからする登山が楽しみであること、藪を漕ぎながら一人静かに山を登ることを愛していることが自尊と自嘲がない交ぜになりながらも強く表現されていた。決してそれは意図したものではなく、重ねてきたと山登りの経験とその思いが自然と表出してたように思う。果たして彼のように山を楽しめているだろうか。

 乳川谷の支流を地図で眺めたとき沢登りが最も楽しめそうなのは1200m右岸に本流と交わるヨセ沢ではないか。ヨセ沢は清水岳を最も高い水源とするが、三角点は東の馬羅尾山にある。終着点となる点が明確な方が分かり易いし、山名も良いので馬羅尾山へ向かうことにする。
 ヨセ沢は期待以上の素晴らしい沢であった。出合から比較的硬い花崗岩を滝で標高を稼ぐ。快適なシャワークライミングを中心として時折ロープを出しつつ登っていく。清水岳へ向かう本流と別れると出合いからゴルジュ連瀑シャワーで爽快だ。どれも絶妙に登れるので思わず笑みがこぼれる。馬羅尾山へ向かう支流に入ると見たことない異形のぬりかべ滝が現れる。この滝を見るだけでも訪れる価値があるんじゃないか。その上も少しシャワークライミングを楽しんだのち笹薮へ入る。水溝を自然と馬羅尾山山頂へと導かれる。三角点からの眺めは無いがやはり山頂に来れたのは嬉しい。北側の尾根を少し下り東側へと支流を下降した。この下降した支流は下り易いけれどもナメと大滝が美しく印象的であった。

 ヨセ谷から馬羅尾山を登る周遊は日帰り登山として丁度いい。富山からだと日帰りでは勿体ないので他の沢を絡めて一泊二日の遡行を計画したら面白いだろう。ヨセ谷の後中沢や北沢を登り餓鬼岳登頂後に釣魚沢を下降するなんてのはどうだろうか。南沢の左俣を登ってヨセ沢右俣を下降するのも興味深い。北アルプスの端っこにある目立たない山域だがまた遊びに来よう。

 <アプローチ>
乳川谷の右岸側の林道に駐車する。左岸より右岸側の方が道が整備されており、地図の登山道マークは実は林道で車高が高ければ走れる。標高1060m付近の橋が崩落しているのでそこが広場となっており車で入れる最奥となる。馬羅尾山東側の支流は割合下降しやすい。この下降した支流もナメ滝や大滝を随所に配しており美渓。

<装備>
カム一式。ヨセ沢内はぬめるのでフェルトの方がいい。

<快適登攀可能季節>
6月下旬~10月。雪が少なく標高も低いのでシーズンは長い。ただし、乳川谷の水量は多めなので注意。

<博物館など>
碌山館:荻原碌山やその仲間の作品を展示。鉱夫、デスペア、手(高村光太郎)等の有名作品がある。建物も趣がある。

安曇野市豊科近代美術館:宮芳平という作家の作品が良かった。特に詩集「AYUMI」は好み。

高橋節郎記念美術館:漆の絵画が興味深い。

安曇野市穂高郷土資料館:穂高町の歴史、特に縄文時代についてが詳しく展示されている。養蚕についての展示も興味深く楽しめる。

安曇野ちひろ美術館:いわさきちひろの作品を中心とした絵本の美術館。いわさきちひろは絵本を俳諧になぞらえて表現していたとか。人となりを理解して味わえるの展示となっているのが面白い。

<温泉>
すずむし荘:単純弱放射能温泉(ラドン温泉)でさっぱりとしたお湯。内湯、露天ともに綺麗で快適である。

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