中部地区に在住で生き物に興味がある人ならば一度はヤシャゲンゴロウの存在を耳にしたことがあるだろう。ヤシャゲンゴロウとは夜叉ヶ池のみに生息するゲンゴロウ類で、メススジゲンゴロウと極めて近い種でありながら遺伝的に分化していることが立証されている希少種である。ヤシャゲンゴロウの起源はメススジゲンゴロウが鳥類による生物攪乱作用によって夜叉ヶ池に運搬され、遺伝的分化を遂げたと推測するとこである。メススジゲンゴロウとヤシャゲンゴロウの交雑が可能なのか、可能だったとして第二世代に生殖能があるのかは未確認である。隔離が生じてから最も近い種間との交雑が不可になるまでの時間は生物種ごとに異なる。一体どれだけヤシャゲンゴロウはこの池で孤独な時間をすごしたのだろうか。この池での時間がどれだけで、この環境が如何なる遺伝子の選択圧力が働いたのか興味が尽きない。
ヤシャゲンゴロウは見たいがそれだけの為に訪れるのは勿体ない。何か一緒に味わえるラインが無いか物色する。近くに詰めあがる金ヶ丸谷は日本の渓谷に「命の洗濯効果抜群」と記載されていた(命の洗濯という言葉はある一定以上の年代しか使用しないのも興味深い)。洗濯と選択というダブルミーニングが成立する奇跡!命がめっちゃセンタクされる山域であれば行くしかない。
金ヶ丸谷は美しい谷で遡行は文句なし。美しすぎる森、撫愛するように流れる水、瀬を流れる水音。全てが完璧に整っている。谷が狭まる箇所ではしっかりとゴルジュ地形の美しさも備えているのも素晴らしい。一応小滝も現れるが登るということのリスクは非常に低く安全な沢でもある。ロープの出番がなく登攀好みの沢屋には物足りないかもしれない。その場合は三周ヶ岳東面の岩場を併せて登ればきっと充実するはず。傾斜が強く支点に乏しいチャートだが何がしかのラインは取れるだろう。さて、お楽しみのヤシャゲンゴロウ。遊歩道を乗り出して観察していると何匹も泳いでいる姿が見えて大興奮。まさかあっさり出会えるとは思っておらず本当に来てよかった。
夜叉ヶ池には夜叉姫伝説もある。これは山の池あるあるの旱魃→生贄→龍神化というパターンである。さて、日本人は一体なぜ水が足りなくなると山の池に祈るのだろうか。山の池の水位が安定している不思議が信仰心を掻き立てるのだろうか。そして生贄は殆どの場合は女性なのは何故だろうか。本邦では古来生命の象徴であった女性を差し出すことで願いが叶うという論理だろうか。神話の根底にある日本人の女性観は一体どのようなものなのだろうか。日本中の山岳湖沼を廻り世界の神話についても調べなければ全体像は掴めない。
山行の結果、センタクの原動力を感じる旅に出るなら夜叉が池を絡めた登山が最適というのが結論です。
<アプローチ>
美濃側からアプローチすると徳山ダム経由となって物凄く遠い。越前側から山越えして取り付くことを推奨したい。筆者らは大河内川真谷を遡行後に金ヶ丸谷715m付近へと合流する支流(多分大ヤブレ谷)を下降した。この下降した付近は非常に良い幕場となっている。三周ヶ岳から夜叉が池までは藪が刈られていないので歩きずらい。
<装備>
沢慣れしていればロープは要らない。磨かれているがヌメリもあるのでフェルト推奨。
<快適登攀可能季節>
6月~10月。割と長期間たのしめるのではないかと思う。筆者らは7月中旬にも拘らず害虫を一切感じなかった。
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