日本百名谷という本がある。沢登り記録と紀行文が混合した独特の文集で日本全国各地の谷を紹介する興味深い書籍である。入手困難な本だが県立図書館や国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧することができる。中ノ川地獄谷は大畠谷と並んで白山山域の一つとして挙げられている。いずれの書籍でも沢の内容はさらりと書かれており伺い知れない。地元石川県の山岳会が作成している「続北陸の名山」という書籍においても、遡行ポイントだけの記載で謎は深まるばかり。その後、秋に行こうと思っていたシーズンに中ノ川二俣付近斜面が地すべり崩壊したり、更に岩間道への道が崩壊したりと気持ちが遠のいていた。そこへ友人が会話の中でシーズン一番印象に残った沢として挙げて焼け木杭が燃え上がる。
まず、アプローチで彷徨う。迷った友人らは入渓した時点で昼になっていたと聞いており焦る。何とか道をみつけて降りていると先行するおじさんが!なんと露天風呂の整備をされているとのこと。北電の堰堤道を使うといいと教えてもらい最短で堰堤にたどり着けた。
不気味白色の水をざぶざぶ徒渉して進むと自噴する温泉が現れ感動に打ち震える。天然記念物の墳泉塔は土石流で崩壊してしまっているが、天然温泉シャワーを浴びていい気分。ゴルジュになって谷全体がもの凄い雰囲気を醸す先にあるのが二段滝である。過去は梯子や橋が架かっていたようだが今は無い。ずっと下流から大岩壁のバンドを高巻くか、左岸の凹状を登るか迷ったが近い凹状に取りつく。凹状の登り口は登れそうな所は3つくらいあるが、正面のフェースとした。小ハングを乗り越し泥を掘り起こしてリスを探す奮闘クライミング。思いのほかクラックとリスが有って助かる。潅木まで伸ばしてトラバースすると歩いて滝上に出られた。全体を通してこの谷で最も難しいピッチだった。その後は土砂が堆積した広い川原を難なく歩いて二俣まで進む。途中の倒木で思いがけず二日分のマイタケを採取する。2014年に崩壊した斜面はやはり大きく今後も荒廃が進むことが思いやられる。二俣は広く平らで薪は豊富。焚火の傍で星を眺めて良き夜を過ごす。ペガサス座の四辺形と土星の競演が印象的であった。
地獄谷の川床は真っ赤。水は鉄さびくさくて飲みたくないので、仙人谷の水を採水してスタート。地獄谷本谷は二段滝からゴルジュスタートこれは登れない。水量が少なければ登れるのでは?と思っていたが全然そんなことは無く右岸ルンゼからクライミングして高巻き。滝上は広くなっていて容易な懸垂で谷に戻れた。その後も中々面白いクライミングと立派なゴルジュで歓声が止まない。この谷で最も快適で楽しい15m滝を登るとゴルジュを抜ける。ここから先の景観こそが地獄谷の醍醐味である。火の御子稜(地獄尾根)の側壁は圧巻でこれを眺めにこの谷に来る価値があるだろう。紅葉の色づきも相まって最高である。踊り廻るように喜び、来てよかったと仲間と語り合うこの時間がいい。幕営して山頂を踏むことを考えていたが、薪が無く貧弱な装備で快適な夜を過ごすのは難しそう。止む無く尾根に上がり小桜平の避難小屋へ向かう。たどり着いた避難小屋は全天が開けており天体観測には最高。ガスが切れて新月ときた。こりゃ今日も外で寝るしかない。星空の流星と引き換えに、薪が無い沢中よりも寒い夜を過ごした。
百名谷に大畠谷と地獄谷が選出されているのが納得の内容であった。どちらも本邦唯一無二の景観が楽しめる。それにしても温泉、クライミング、キノコ、ブルーベリー、紅葉、星空、ゴルジュ、崩壊地巡りとこれだけ多彩に山遊びを楽しめた谷は多くない。白山フリークは秋の中ノ川地獄谷へおいでくださいませ。
<アプローチ>
地理院地図の道が林道も登山道も死んでいるので、何も知らずに墳泉塔へ向かうのはすごく難しい。たまたま岩間露天風呂へ向かう地元の人に概要を聞くことができた。岩間道へむかう林道は大崩壊しており、当面復旧は難しそうである。この崩壊を巻いて岩間休憩舎へむかう道が楽々新道の入り口付近付近から左側についている。この道の入り口は解りにくいが基本トラバースしていけば道らしきところに出会う。ロープがいくつも付けられた急傾斜帯を降りると崩壊地を過ぎた林道へ出られる。更にここからしばらく林道を歩いて、取水堰堤の近くとなる道路左側草陰にコンクリート階段で堰堤へ向かう道がある。これを降りていくと遡行開始地点の堰堤に降りられる。この堰堤に向かう道も単純ではなく、油断すると道が無い尾根を降りそうになる。地獄谷本谷の水は鉄くさく飲めたものじゃない。ゴルジュ内の支沢もくさい所も有ったりする。水質を考慮すると谷中の幕営適地は仙人谷二俣か七倉山へ向かう沢の出合尾根末端がいい。といっても、どちらも何か違和感のある味ではある。七倉山尾根末端は平らで寝やすいけど薪はなく秋はテントがいい。
<装備>
カム♯1まで一式、トライカム少々、ピトン各種。基本岩は硬いのでカムが良く効く。足回りはラバーソールがいい。更にクライミングシューズもあったほうがいい。ロープは二本あったほうが懸垂と荷揚げに便利。
<快適登攀可能季節>
9月~10月。残雪を考慮すると秋がいいはず。幕営地は広いので秋が深まってきたらテントを持っていくと快適だと思う。
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