2025年3月16日日曜日

爺ヶ岳 西俣奥壁中央稜

















 冬の山を登るための事柄はすべて後立山で習得できるのではないかと思っている。雪山歩きのルートは多彩で習熟度に応じてたくさんのルートが選択できる。縦走路には岩稜帯があるし、バリエーションルートには岩壁に加えてキノコ雪稜となんでもござれ。氷は多くないけれども、懸崖には思わぬ氷瀑があるのでこれを探しながら登るのも面白いだろう。そして入山アプローチはどこもいい。
 積雪期爺ヶ岳のルートといえば一番人気が東尾根である。次いで冷尾根がしばしば登られ、稀に北稜が登られるといったところだろうか。西俣奥壁となると知っている人すら少ない気がする。一般化しなかった理由として考えられるのは、登れるシーズンとコンディションが極めて限られる点、その割にはルートが短く、雪崩やブロック崩壊といった外的リスクが高いためだろう。しかし、西俣出合から望む奥壁は壮観で心惹かれるものがある。豪雪シーズンの春に登る内容はいかに。
 締まった雪面を一気に登れば西俣出合から2時間で左稜の末端に到着する。どこに取りつくかは見た感じで決めることにしていたので、最も傾斜の強い中央稜とする。中央稜末端は左側は岩場なのだが、クライマーライト側に回り込むと傾斜の強い雪稜となっている。ここからロープを出してスタート。2ピッチは程々に悪い雪稜でオーソドックスながら雪稜らしいバランスが楽しめる。ここから先はキノコ雪掘削のスコップタイム。逃げるばかりではなく正面突破しなければ登れない箇所もある。その時のルート状況に合わせて戦略を立てる必要があるのが面白い。稜線直下から高差100m地点は草付きダブルアックス帯となる。ロープスケールが長いのでコンテも交える必要があるかも。最後は稜線の雪庇崩しとなるが、トップは思わぬ大崩壊に備えてできる限りセルフビレイを取りながら作業をすることと、ビレイヤーへ落下の危険がないライン取りを心掛けたい。国境稜線へ抜けて黒部川が開けるのは爽快そのもの。

 確かにルートは短いのだが内容は濃縮されており大変面白い。3月に日帰りでこのクオリティのキノコ雪稜が味わえるのは寧ろ貴重なエリアともいえる。支点はブッシュで取れるので登ることそのものは安全に楽しめるのもいい。キノコ雪ブロックと稜線からの崩壊といったリスクを手中にするかがこのエリアの面白みといえよう。毎度のことながら知られていないからと言って面白くない訳ではないのである。

 <アプローチ>
このエリアに入る際には深夜アプローチを行い、明るくなると同時に登り始めることを推奨したい。大谷原に車を駐車して西沢を詰め標高2250mの岩場マークがある取りつきまで。左稜はもう少しだけ低いところから取りつくことになる。幕営できる地点がないではないが、この尾根は日帰りで登るのが好適だろう。ルンゼを下降すれば途中敗退は容易である。下降は赤岩尾根を少し下ってから西俣へ下降するルンゼを降りるのが速い。

<装備>
雪で埋まっていればスリングだけでよい。キノコ雪対策としてスコップは必携。

<快適登攀可能季節>
3月~4月 リスクやその魅力要素を考慮すると厳冬期に登る課題とは言えない。春~残雪期にかけてがシーズンだが、快適に登れるタイミングを見極めるのが難しい。3月の多く残雪が残るタイミングで東面で日射が入ると危険なので、高曇りの日が望ましい。

2025年3月11日火曜日

滝谷 第四尾根




 




 筆者にとって良い登山の大きな要素は下山後のご飯がおいしい登山。この条件はエネルギー消費量が多いということであり、荷物を持って長い距離と大きな標高を獲得するということになる。従って、クライミングが楽しくても近くて「仕事した!」って感じがないと後回しになりがち。
 
 春の滝谷は素晴らしい。しかし、標高差1500mといってもアタックは日帰りだしラッセルも殆どなく空腹指数が高くないと思い、気が向いていなかった。大雪のシーズンに前週に高温と多少の雨があった。そして土日は晴れ。高標高帯が良いものの、東面はキノコ雪と雪庇崩壊、湿雪雪崩のリスクが相対的に高い。安全にベルグラだらけの滝谷を楽しむならばこういうタイミングである。
 最近埋まりにくくなっていた雄滝は久しぶりにほとんど埋まっていた。水が露出している箇所はあったが、大雨が一発入れば埋まりきるだろう。予想通り雪面が硬くラッセルが無い。お腹は減らないが楽で安全なのはやはり嬉しい。スノーコルについて明るくなり始めると氷雪をびっしり纏った壁が見え始める。ワンダフル。あとは文句のつけようのないエンクラで歓声を上げながら登る。ルート内容を調べていないので、何がなんだが先がどうなるのか分からなかったが、5時間くらいでトップアウト。ベルグラに覆われるウェットコンディションだったが、ドライコンディションでも楽しめるはずだ。場合によっては雪稜にもなるというのが興味深い。
 下山してやはり空腹感があまりないことに気が付く。第四尾根を登りながらこの空腹問題の解決方法を思いついた。幕営装備を担いで尾根末端から下部岩壁も含めて登ればよいのである。これならば合理性を確保しながら仕事感を演出できる。しかも、二泊三日でB沢方面の岩場と併せて登れば更に充実するではないか。もうちょっとマイルドにして第三尾根を登り一泊二日で登るのも良さそうだ。加えて滝谷は崩壊が続いており、過去に登ったルートでも全然違う内容になっているだろう。C沢奥壁も前に見た印象となんか違う。常に新鮮な気持ちで何度でも遊べるなんて素敵である。これからも雪が多いシーズンは滝谷で遊ぶのが楽しみ。

<アプローチ>
厳冬期は涸沢西尾根をアプローチする。3月~4月は雪の安定したときを狙って滝谷を遡行するとよい。条件次第では厳冬期も滝谷遡行から取り付ける可能性はあると思う。取り付きとなるスノーコルは2700m付近、ほぼC沢奥壁といっても過言ではないところにある。はるであれば下降はD沢が近くておすすめ。

<装備>
カム一式、ナッツ、トライカム、ボールナッツもあったら使える。

<快適登攀可能季節>
12月~4月。岩が脆いので冬のほうが安全。

<温泉>
新穂高温泉なのでどこでも入ることが出来る。価格帯は高い。
栃尾の荒神の湯は良い露天風呂。体を洗う場合は石鹸を持っていこう。寒くて洗えないかもしれないけど。割石温泉まで行くのもいいだろう。

2025年3月3日月曜日

スバリ岳西尾根P1フランケ




 スバリ岳の岩場は1950年代から細々と登られているが岩場の概念も曖昧で呼称が定まっていない。そんな中でも唯一名前と場所を同定できたのが、スバリ岳西尾根P1フランケである。山と渓谷の1960年代に発刊された号に「スバリ岳周辺の岩場」という企画があり、ちょろっとだけ記載がったのだ。
 スバリ岳西南岩稜の取りつきから西尾根方面へとトラバースすると幅広の岩場が西尾根までに広がる。これがP1フランケである。左側にルーフ上ハングがある壁の右から取りつく。出だしから微妙なフッキングと生命力皆無でやる気のない草付き、そして凍っていない砂利が嫌らしい。一段超えて少し傾斜が緩くなってから小ハング帯となる。ここは残置ピトンが2枚あり、スバリ岳周辺の岩場の記載とも合致するので間違いないだろう。かなり面白いクライミングで抜けるとリッジ上に出て広いビレイ点となる。あとは山頂まで容易な歩きとなり終了。スバリ岳西南岩稜よりも岩は固めで楽しめるだろう。実質1ピッチで終了するので西南岩稜と1日セットで登るのがちょうどいい。

<アプローチ>
屏風尾根をアプローチとして屛風の頭にベースを張るのが良い。スバリ岳山頂から100~150m程度南へ進んで下降できそうなルンゼが現れたらそれを降りて西尾根方向へトラバースする。マヤクボのコルから下降して大トラバースして取りつくことも可能。

<装備>
カム一式、ボールナッツの小さいの、ナッツ、トライカム、ピトン各種。

<快適登攀可能季節>
12月~3月 岩が脆いので寒い時期のほうがよい。しかし、ルンゼを下降するので雪は安定していてほしいので悩ましいところだ。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。

スバリ岳 西南岩稜











 スバリ岳小スバリ沢側の岩場は謎に満ちている。スバリ岳大スバリ沢側の岩場は中尾根と西尾根の岩場は屏風尾根の頭から全容が把握できる。翻って小スバリ沢はというと、ルンゼと尾根が方角を変えながら複雑に入り込んでいるため、どこに岩場があるのか、かろうじて見えている岩場が地図上のどこにあるのか理解することが難しい。そんなこんなで、小スバリ沢側の岩場を登ったという記録は具体的にどの辺を指しているのか明確に記されていない。下部の岩場となると、稜線から取りつくのも労力を要することから登られたという記録も見つけられない。遡行して取りつけば?と思うかもしれないが遡行は滝を秘めており難しく黒部湖を渡るという地理的な面倒さが障壁となる。

 積雪期における小スバリ沢の全容解明という任務を遂行すべくマヤクボのコルから小スバリ沢へ下降開始。前途洋々スキップ下降を始めたものの2450m付近で岩壁帯を分ける大滝が現れる。行くのか、行かないのか?自然はいつも残酷な判断を迫る。ま、ま、初探査だし上部の岩場の概念把握からだよね。2450m付近から西尾根までトラバースして岩場を探る。傾斜が最も強いのはスバリ岳山頂へと延びる西南岩稜の末端壁であった。西南岩稜の末端壁はぐるりと岩場となっており、ラインの自由度は割と高い。友人が登った大ジェードル左隣の浅い凹状からスタートすることにする。ポキポキ折れて使い物にならない藪まではプロテクションの効きが今一つで、ぼろい岩を慎重に抑えながら登る。凹状は右上しているが形登りにくいので左フェースへ乗り移る。このムーブは非常に面白い。左の傾斜がゆるそうな箇所へ逃げたが、結局傾斜が強いうえ時折崩壊する岩があるので慎重な登りを要求される。しかし、かたい部分でカムが良く効くので死の香りが無いのが絶妙である。クライミングの内容は濃い。ピナクルでビレイすると一旦傾斜が緩み60mをコンテで進む。4mくらいコーナーを登るとあとは山頂まで歩くだけ。

 実質クライミングは短いものの赤沢岳にある各岩場のルートよりも技術的には難しい。歩く距離も長いのでより多くの運動量とクライミング体操を求める人はスバリ岳方面もお勧め。

 <アプローチ>
屏風尾根をアプローチとして屛風の頭にベースを張るのが良い。スバリ岳山頂から100~150m程度南へ進んで下降できそうなルンゼが現れたらそれを降りて、岩場が見えたら西尾根方向へトラバースする。マヤクボのコルから下降して大トラバースして取りつくことも可能。1/25000地図上の場所としてはスバリ岳表記字のリと岳の東側にある岩場マーク付近となる。

<装備>
カム一式、ボールナッツの小さいの、ナッツ、トライカム、ピトン各種。

<快適登攀可能季節>
12月~3月 岩が脆いので寒い時期のほうがよい。しかし、ルンゼを下降するので雪は安定していてほしいので悩ましいところだ。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。

2025年2月17日月曜日

三方崩山 大ノマ谷第四岩稜

 














 水の状態がいくつあるかご存じだろうか。定義にもよるが大体25種類くらいあるそうである。このうち多くは結晶状態を分類したもので日常生活でお世話になることはない。しかし、宇宙での物質の成り立ちのような普遍現象を解き明かすうえで水の構造と物性の理解は欠かせないのである。ゆえに日々活発に研究が続けられているが新しい発見が尽きない。どういう機序で氷の上で物質が滑るのかも人類は正確に知らないのだ。
 翻って三方崩山の大ノマ谷の雪稜の話である。雪稜といえば戸隠でのキノコ雪登攀が話題になるが、戸隠は純然たる雪の量はそれほど多くない。雪の量は後立山、白山に軍配が上がる。白山山域の雪稜では雪が記録的に多いシーズン、かつ最も積雪量が多い時期ではどのような景色が広がるのだろうか。
 大ノマ谷は多少埋まるものの基本的に雪は締まっており快適。ドカ雪後に少量の降雨がありそれから数日間纏まった降雪がなかったためだろう。夜明前より第四岩稜の末端から真っ向勝負を試みる。が、明るくなると周囲の岩には5~6mと規格外のスケールでキノコ雪の発達がみられることに気が付く。ちょっとした段差でも2mクラスである。支点を構築できる藪と岩はもちろん隠れている。こうなると到底登れる代物ではない。本稜は即時却下となり、登れるところから上がることに転換。第四岩稜周辺は良くも悪くも自由度が高く弱点となるルンゼは常に左右どちらかにある。凹状を繋ぎつつ尾根を時々登って行くと無理なく南尾根に出る。この冬の最高気温を示す天候で落雪には肝を冷やした。
 豪雪まっさかりのキノコ雪は人類には厳しく4ピッチと雪崩対策のコンテ少々で終了。エスケープ気味なのでクライミングとしては不発と言える。その代わりにえげつない湿雪で足腰の筋トレが完了。運動量増加はシェイプアップと夕飯における最高の調味料である。
 雪稜の面白みは状況によってルートが変貌することにある。その差異は水の性質を反映しており、研究対象として興味は尽きない。一言にキノコ雪と言えども訪れる時々やエリアによって微妙に物性は異なっているわけで、その差異には因果がある。老子曰く上善水の如し。この命題が真であるならば、水の探求は即ち善の探求である。次は大ノマ谷雪稜から岩屋谷雪稜へ継続登攀することにより倫理学を修めることとしよう。

<アプローチ>
大ノマ谷は三方崩山南東の谷の事で大ノマとは「大きな雪崩が出る谷」の意である。岩場や雪稜は登攀クラブによって初めて登られ、以後一部の愛好家に細々と登られてきた。谷の上流から第一、第二、第三、第四岩稜と命名されているようだ。何となくそうなんじゃないか概念は以下の通り。


近年(と言っても20年位前)では名古屋ACCが紹介し一時脚光を浴びた模様。大白川方面から林道を歩いて大ノマ谷を詰めるのが楽だろう。2月でも雪が締まって取り付けるタイミングがあるのでそれを狙うといい。ただし、南東面の谷なので雪が緩むのが速い。暗いうちに谷を歩いて尾根に取りつかない落雪のリスクが高い。尾根上に幕営適地はほどほどにある。山頂付近もよいテンバだ。

<装備>
スコップは携行しやすい工夫が必要。もちろん要バックアップ。支点は基本藪でとれるはず。時期が遅くなると岩のギアもあったほうがいいかも。

<快適登攀可能季節>
2月~3月。積雪がたっぷりある時期に登りたい。

2025年2月10日月曜日

ウメコバ沢 中央岩峰正面凹角

 








富山から行ける冬のクライミングゲレンデといえば言わずもがな錫杖。近年、早朝駐車場の便が悪くなったとはいえ明神2263峰周辺を要する上高地もよい練習場である。しかし、北アルプスでのクライミングは氷雪の影響を強く受けるがゆえ、フッキングやフットホールドに乗る感触を確かめるように登のが難しいのも事実である。

その点において足尾の岩場は気候はマイルドかつ純粋な岩登りとなるので、爪先の感覚を研ぎ澄ますことに集中できるのがいい。ウメコバ沢中央岩峰正面凹角(大凹角とも呼ばれる)は足尾の看板ルートと称される。登ってみて正しくその通り、ラインの合理性、内容、難易度どれをとっても特級品で楽しいの一語に尽きる。1~3ピッチはクライミングは相応に難しいもののラインは明瞭だし、プロテクションは抜群に良いので悪さは感じない。ドライツーリングするために岩があるのではないかという位に掛かりのいい岩が気持ちよく、とろけそう。4ピッチ目がルートファインディングが必要となり、ラインを誤ると大変難しくなりしかも岩が脆いところに入る。正規ラインでも支点が取りづらくなるようで、実質の核心は4ピッチ目なのではないだろうか。あとは比較的優しいクライミングを2ピッチで稜上へ抜ける。

充実のクライミングの内容と特異な景色は足尾ならでは。このルートが北関東の冬壁愛好家のスタンダードなのだろうか。足尾でマルチピッチ難しい冬壁シリーズが拓かれると面白そうだ。

<アプローチ>
富山からは言わずもがな遠い。上越から下道に降りて湯沢インターから沼田まで行き、山越えで銅親水公園まで行く。大体5時間半くらい。ベースは割と自由に設営できる。かつて鉱毒汚染された川も今は飲水可能である。ウメコバ沢内は要所にフィックスが張ってあるものの傾斜が強いところが多いので出合でアイゼンを履いたほうがいい。クライミング後はフィックスロープの方向へ下降していくと、懸垂下降用のフィックスが現れる。このフィックスで懸垂した後は歩いて取りつきに戻れる。

<装備>
カムを1セット+2番までをもうワンセットあるとよい。トライカムは要らない。ピトンはあったら使える。

<快適登攀可能季節>
多分年中楽しめる。