2025年9月30日火曜日

滑川 前岳沢













 木曽の谷は明るい沢が多い気がする。谷は割合開けていて花崗岩の白に光が差し込むとまばゆいくらいだ。前岳沢は出合いからちょっとゴルジュになっているが、すぐに開けて南向きでとても明るい沢だ。ロープが必要な箇所は2か所くらいがだ特段の悪さは無い。ただ少し岩が脆いので注意は要する。ゴルジュを抜けて大きな段瀑を登るとまるで赤木沢のような清々しい高山の雰囲気を感じる。急な谷で快適に進むため遡行はあっという間に終了する。せっかくなので木曽駒ヶ岳山頂へ向かおう。日帰りで登山を楽しむには中々よいコースである。

<アプローチ>
堰堤のある砂防公園に駐車して滑川上流へ向かう。敬神の滝小屋から上流方面へは林道跡が続いておりしばらくはそれを歩ける。川原に出てからが見ての通り長いが特に何も出てこない。登山道が合流したら上松Aコースである。

<装備>
ゴルジュ用にカム少々、ピトン少々。ラバーソールが適。

<快適登攀可能季節>
7月~9月。良く知らない山域だがこれ位の期間は快適そう。

<博物館など>
義仲館:木曽義仲の資料館。県民には火牛の計で御馴染み義仲公である。旗揚げまではこの地で育った。ここから北陸道進撃が始まったと思うと感慨深い。

2025年9月20日土曜日

尾白川 黄連谷
















 久しぶりに甲斐駒ヶ岳へ登りたいと思った。尾白川の黄連谷は甲斐駒ヶ岳山頂へ自然に至る沢でアイスクライミングで有名だが、夏の沢登りも南アルプスを代表する名渓と聞く。

 尾白川の駒ケ岳神社から登ればさぞ充実するのだろうが、難しいゴルジュ帯があり週末以上の日程を要するので林道終点から入渓する。花崗岩の大渓谷といった風情で雰囲気は良い。偶然高巻きやすい設計になっているので大丈夫だが、多少地形が違えば相当難しい沢になる岩だろう。尾白川本流はやたらとロープや赤布があるが、これがなかったら巻きのラインも考えさせられることになり時間を要すると思う。黄連谷に入っても渓谷美は続く。名前の付いた大きな滝が二つあるが、この巻きは意外とややこしい。ぱっと見で巻きに入るとライン取りを間違えてしまうので地形を注視してから臨んだ方がいい。大き目の二つ目の滝の巻きは獣道が錯綜しており、降り口が分かりづらい。結局巻きから二俣へダイレクトに到着した。右俣に入ると最初は水際や小さく巻く形で登れる滝が続き面白い。奥千丈の滝がどれだが分からなかったが、4か所くらいロープを出して登った。どちらもそれなりにクライミングだったので、ある程度の心得が無いと危なそうだ。スラブが発達しているためイメージしていたよりも高巻きが多い。厳しくも危なくもない巻きだが、やはりアイスクライミングで直登したほうが楽しいだろう。2400mの幕場から進んだナメ状多段滝を1ピッチ登るとあとはロープは要らない。甲斐駒ヶ岳の山頂はガスにもかかわらず賑わいをみせる。流石の百名山である。

 思ったよりクライミングで巻きが多い沢であった。解放感があり眺めが良い沢だし、標高差も十分でよい運動になる。しかしこの沢の本当の価値は駒ケ岳神社から本流を遡行して山頂に立つことかもしれない。少し日数がかかるので夏休みに丁度いいかも。

<アプローチ>
黒戸尾根の登山口となる尾白渓谷入り口か、日向山の矢立登山口に駐車する。矢立の方は駐車スペースが狭いので要注意。幕営は右俣2400mが極上である。他は1900mくらいのところが良かった記憶があるような。下山は黒戸尾根が安牌

<装備>
カム少々(小さめ)、足回りはラバーの方が有利

<快適登攀可能季節>
7月~10月 (多分)

2025年9月18日木曜日

神宮川 笹ノ沢
















 山登りをする人で雨が好きな人は多くないと思う。筆者もその一人である。山では眺望を楽しみたいし、濡れて不快な思いもしたくないし、歩きにくいのも嫌だ。だからお休みの日は晴れを願うことは有っても雨乞いするということは決してない。
 南アルプスの前衛峰に雨乞岳という山がある。眺望が良さそうで機会が有ればハイキングで訪れたいと思っていた山だ。曲折がありすっきりしない空模様の週末に北杜市に居た。そして雨乞岳のことを勃然と思い出した。雨乞いをすることのない人種が雨の中雨乞岳に登る。こりゃ諧謔性が有って良い。神宮川笹ノ沢から雨乞岳を目指すことにした。

 笹ノ沢は出合いから素敵な大き目の滝が4つくらい出てくる。どれも快適に登れたり簡単に巻けたりするので問題ない。3つ目の滝は滝横のクラックを登って楽しい。興味深い点は猛烈に砂が堆積しているのに渓谷美を保っていることである。マサ化が激しい花崗岩で水深は浅いうえ大岩は無い。不思議と谷中に倒木は少なく何故か苔も繁茂し魚も住んでいる。森の雰囲気と白砂がマッチして特異な美を醸す。北陸ではお目に架かれない不思議な世界だ。マサはただ風化によって供給され、湧水の沢で水量が安定しているために落ち着いた渓相となるのかもしれない。美しい渓相と時折現れる小滝を楽しみながら進む。山頂を最短距離で目指すべく1340m付近で左岸支流へ入る。後から知ったが、多くの遡行者はこの支流ではなく次の谷を右に入るようだ。この支流の途中で結構渋いシャワークライミングの滝がありネイリングとガストンムーブが味わえる。それ以降は落ち着いたゴルジュライクな渓相に戻りロープレスで楽しめる。雨乞岳は通じる登山道に出ると森の雰囲気もよくいい道だ。山頂はやっぱり雨で眺望は無かった。雨乞いをすることのない人種が雨の中雨乞岳に登り晴天を希う。これで念願成就である。次は晴天時に流川から登ってみたい。
 
 笹ノ沢は関東ではポピュラーな沢のようだ。特異な渓相は一見の価値があるので富山から少し遠いが訪れてみると良いと思う。話は逸れるが富山県で雨の中のハイキングするなら樹高の高いブナの森を傘をさしながらぶらぶらのがいい。霧がかった森は一層幽玄となる。雨だれはブナの葉で柔らかになるので傘を閉じてゆっくり音を楽しむのも楽しい。雨音が新緑と深緑の時期で異なるのもまた面白い。大品山や縄が池からの高清水山&高落場山が最高だろう。関東の皆さん、雨の週末は富山県のブナの森へいらっしゃい。

<アプローチ>
神宮川と並走する林道のゲートまで車で入れる。幕営することはない行程だと思うが、しようと思えば快適な場所は割とある。登山道は歩きやすいし、登山道のない尾根も植生が乏しいため上り下りができる。山の管理道かは不明だがそこら中に道が有って迷う。

<装備>
カム少々(小さめ)ピトン、足回りはラバーの方が有利

<快適登攀可能季節>
5月~10月 (多分)

2025年9月8日月曜日

黒薙川 大深層谷











 黒部には不思議な地形が数多くあるが突坂山の凹地ほど気を引くものはない。高差10m以上の凹地は山では珍しいのだが、突坂山では池と凹地が併せて存在しているのである。この突坂山の凹地についてウィキペディアには東鐘釣山と同じ石灰岩からなりカルスト地形のドリーネと書いてある。いや、ここは石灰岩じゃねえだろ。しかし、数少ない経験やつぎはぎ情報で作られた地質図の情報だけで世界を解った気になってはいけない。不可思議な情報はこの眼で確かめる甲斐がある。

 大深層谷の出合に到着すると易しい谷であることが推し量れる渓相でほっとする。花崗岩の崩壊ガレが多く谷は埋まっており遡行は易しい。下部のゴルジュ地形は少しドキドキするけど問題となる滝は出てこなかった。最短で山頂を目指すべく1120mで右俣へ入る。急峻な右俣は心配していたがここも遡行は易しくて助かる。しかしガレが不安定となっているのでパーティーで登っている場合は注意が必要だろう。コルからは猛烈な藪だ。急な登りでは古ーいFIXが足元に見られるが、この山に思いを寄せる人がいて嬉しい。藪に埋もれつつあるこの荒縄FIXが積雪期に設置されたのか無雪期なのかは謎である。ちなみに史実として突坂山に登った記録がある最初のものは明治42年高岡新報社の新聞記者であった井上江花による登山である。この時は黒薙温泉から尾根を登り3時間半で山頂へ至っているため猟師、杣人、営林署作業員誰かの作業道があったと推量される。当時から大深層谷も登路としては認識されていたようだが険しいとの認識であったようだ。

 いよいよ近づいてきた。稜線の強烈な藪漕ぎも池ボルテージを上げるスパイスで悪くない。藪をかき分け視界が広がった刹那、我々の世界が開闢した。そこにあったのは池というよりも池塘近い湿地であった。浮島のような草の風情が白木峰と似ている。沈黙の水の住人はミズスマシ、マツモムシ、ヤゴといった皆様である。一体君たちはどこから来たのだい。ギンヤンマの羽音を聞きながら佇み時を思う。地図で3つ描かれている池をすべて巡ったがすべて同じ雰囲気であった。そして地図の凹地は池の上にスゲやカヤの草が繁殖した湿地であった。水面が草で覆われているので池と認定できないだけで水深は地形図上の池とあまり変わらない。しかし二足歩行では水を含んだ腐葉泥に胸まで埋まる危険極まりない湿地となっている。ハイハイスタイルで効率よく移動できることを発見してからは各凹地を巡ることができた。面白いことに水面の草を足場にしてモウセンゴケなどほかの植物も見受けられる。この凹地は池が無くなる湿性遷移の途中過程なのだろう。そして凹地を巡った結果、やはりこの山は花崗岩でドリーネではないことが分かった。凹地へと続く小ルンゼはすべて花崗岩だったので間違いない。あとは三角点を踏んで帰るだけである。三角点は藪の中で視界はほとんどないが目的達成儀式として大事なのである。ほとりで幕営してやろうと鼻息荒く水歩荷したが不快であることが約束されているので、同ルートで帰路についた。池に美しいほとりがあったなら、黒部屈指のデート沢(山)として紹介できたのに残念である。ともあれ、世界を発見する始原的な体験が突坂山にはあった。

 この凹地や池の成因は地すべりが濃厚なのかもしれないが真因は謎である。黒部川右岸に点在する池、池塘、平原を全て巡ることで成因の着想が得られるかもしれない。或いはその探求過程で新たな自然に対する視座が得られるかもしれない。こうしてやることが雪だるま式に増えていく。心象世界開闢の旅は長く楽しい。

 <アプローチ>
宇奈月ダムからしかるべきところを歩き出合いまで歩く。黒薙川の堰堤上を渡渉して取りつく。水量が多いと渡渉ができないので注意。幕営は随意可能だが、尾根に出てから快適な場所は無い。

<装備>
沢慣れしていればロープだけで問題ない。中サイズのカムが有れば使えるかも。

<快適登攀可能季節>
8月~10月 残雪、寒さ、害虫など各種事情を鑑み判断されたし

<温泉>
とちの湯:宇奈月温泉総湯は駐車場も無いし、露天風呂もない。山屋のみなさまはこちらへどうぞ。

<博物館など>
うなづき友学館:黒部市立図書館の分館と歴史民俗資料館が併設している。何と言っても1/2愛本刎橋が見ものの博物館である。30年おきにかけ替える刎橋だが、当時のオーソドックスな橋脚がある木造橋の架け替え頻度ってどのくらいだったんだろうか。もっと深く橋の構造比較をしてくれればありがたいと思う。このほか、稚児舞や七夕といった地域の祭事展示も興味深い。

<グルメ>
よか楼:昨今話題の町中華的定食屋。コスパという卑しい概念を持ち出さなくても味で選べる良店。ジビエ料理も時折そろえる。

2025年9月2日火曜日

黒部川 棒小屋沢
























 黒部川花崗岩は世界で最も若い花崗岩として大注目だが、ビジュアル面では通称パンダ石と呼ばれる暗色包有(エンクレーブ)を含んでおりディープなインパクトがある。このパンダ石の露頭としてもの凄いのが棒小屋沢に存在する。しかもゴルジュが有って沢登りが面白いという。いざ行かんジオパーク立山黒部へ。

 整備前の下ノ廊下登山道は中々悪く渡渉したり、ロープをつけてクライミングしたり、藪漕ぎしたりと手ごわい。十字峡はロバートジョンソンよろしく跪いて悪魔に魂を売ろうかと思わせるほど荘厳だ。主よ自然の摂理を体得させたまへ。願わくば少しだけ謎を残して。
 本気の渡渉して出合いから滝を一つ登ると複数の滝を軽く高巻く。以後小難しい滝をショルダー上陸で際どく登ったり、ボルダリングしたりする。やがて、ゴルジュが緩んだゴーロ状地帯に到着する。そこから直ぐに登れない滝が現れ上流部は凄いゴルジュとなる。右岸からの大高巻きの開始であるが、これが傾斜が強いうえ岩がボロイ箇所もあるので嫌らしい。上手いこと高巻くと右岸の巨大なルンゼのドン付きから40mの懸垂一発で沢に復帰する。下流側は剣沢ばりの強烈なゴルジュで見ごたえ抜群だ。ここから上流もワイドクラックを登ったり、瀑流のスラブを登ったりして楽しい。朝一の泳ぎとシャワーとなり歯の根が合わない。古い堰堤を超え、再び際どいクライミングを続けるとタル沢のトンネルに出合う。放水トンネル付近は工事跡が残っており人類の電力希求心と土木技術が推し量られる。あるがままの自然も良きものだが人類の遺構巡りもまた面白い。
 トンネルを超えるとパンダ石のお出ましだ。ペーズリーに似た模様はサイケでポップ、微かにキュートで多分にグロテスク。エンクレーブの黒色組織は針状結晶化していたり、角柱状だったり、はたまた特定の結晶は見れなかったり多様である。エンクレーブ内の組成がわずかに異なったり、冷却速度や気体の影響など微妙なバラつきがこの差を演出しているのだろう。加えて相互貫入したと思われる構造や断層もみられ、この岩が語る歴史が推し量られる。バックベインやコロナといった組織の特性を教わりながら観察していると、これが一つの岩として成り立っていることが不思議に思えてくる。不均一な分散状態が如何に発生して固定されたのだろう。また、混ざっていない苦鉄質マグマと珪長質マグマの界面で発生している現象や苦鉄質エンクレーブがこのサイズ感に均質化する機序が非常に気になるところだ。果たしてこの岩が語る物語から黒部の造山運動は解読できるのだろうか。
 わいわい巡検をエンジョイしてから悪い雪渓地帯に突入する。箱型の淵付近は手前の雪渓を潜ったのち、崩壊した雪渓ブロックから雪渓上に乗った。雪渓上を歩いて懸垂下降で沢へと戻り最後の滑り台状小滝を快適にクライミングして難しいゴルジュは終了となる。広い河原ではあるが露頭にはまだパンダの群れが見受けられる。しかし徐々に密度を下げ、やがて爺ヶ岳の溶結凝灰岩となる。エッジの尖ったガレの堆積が危険で注意しながら登り最後はハードなハイマツ漕ぎを経て登山道へ抜ける。振り返れば剱岳と黒部別山が僕らを監視するように見つめている。十字峡から爺ヶ岳へ至る登山は標高差もあり素晴らしいものだった。
 
 突破力と高巻き力どちらも問われる上に時には雪渓の処理も要求される。流石は剣沢と相対する沢で好渓である。緊張感は高いが巡検を楽しむにはリラックスが大事だろう。そんな遡行のBGMにはご機嫌なCross Road Bluesからミミちゃんとパンダ・コパンダのメドレーで決まり。パンダ、パパンダ、コパンダー!!

<アプローチ>
一般的には扇沢駅から黒部ダムまで行きそこから十字峡まで歩く。扇沢駅の始発バスは信じられない混雑するので初日入山日は平日にしたい。棒小屋沢の入渓は黒部川本流を渡渉する必要がある。棒小屋沢の少し上流か、剣沢側の下流で渡渉をして上陸する二通りあると思う。棒小屋沢に入渓して滝を登ったり巻いたりして1100mくらいのところに少しゴーロ川原があり、大岩の影が幕営好適地となっている。そのほか古い堰堤の上、タル沢付近、1470m堰堤上が幕営に良い。扇沢への登山道はとても歩きやすく快適。

<装備>
カム1セット(#2まででOK)、ピトン各種、沢靴はラバーソールがバチ効き。思った以上に濡れる沢なのでウエットスーツの上着があるといいかも。荷揚げ用、懸垂下降用にロープは2本欲しい。

<快適登攀可能季節>
8月~10月。寡雪で水量が少ない時が組し易い。残雪の残り具合によって印象が随分と変わりそう。

<温泉>
上原の湯:リーズナブルな公共の温泉施設。源泉は葛温泉と聞けば気分は秘湯の高級温泉である。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。