冬の山を登るための事柄はすべて後立山で習得できるのではないかと思っている。雪山歩きのルートは多彩で習熟度に応じてたくさんのルートが選択できる。縦走路には岩稜帯があるし、バリエーションルートには岩壁に加えてキノコ雪稜となんでもござれ。氷は多くないけれども、懸崖には思わぬ氷瀑があるのでこれを探しながら登るのも面白いだろう。そして入山アプローチはどこもいい。
積雪期爺ヶ岳のルートといえば一番人気が東尾根である。次いで冷尾根がしばしば登られ、稀に北稜が登られるといったところだろうか。西俣奥壁となると知っている人すら少ない気がする。一般化しなかった理由として考えられるのは、登れるシーズンとコンディションが極めて限られる点、その割にはルートが短く、雪崩やブロック崩壊といった外的リスクが高いためだろう。しかし、西俣出合から望む奥壁は壮観で心惹かれるものがある。豪雪シーズンの春に登る内容はいかに。
締まった雪面を一気に登れば西俣出合から2時間で左稜の末端に到着する。どこに取りつくかは見た感じで決めることにしていたので、最も傾斜の強い中央稜とする。中央稜末端は左側は岩場なのだが、クライマーライト側に回り込むと傾斜の強い雪稜となっている。ここからロープを出してスタート。2ピッチは程々に悪い雪稜でオーソドックスながら雪稜らしいバランスが楽しめる。ここから先はキノコ雪掘削のスコップタイム。逃げるばかりではなく正面突破しなければ登れない箇所もある。その時のルート状況に合わせて戦略を立てる必要があるのが面白い。稜線直下から高差100m地点は草付きダブルアックス帯となる。ロープスケールが長いのでコンテも交える必要があるかも。最後は稜線の雪庇崩しとなるが、トップは思わぬ大崩壊に備えてできる限りセルフビレイを取りながら作業をすることと、ビレイヤーへ落下の危険がないライン取りを心掛けたい。国境稜線へ抜けて黒部川が開けるのは爽快そのもの。
確かにルートは短いのだが内容は濃縮されており大変面白い。3月に日帰りでこのクオリティのキノコ雪稜が味わえるのは寧ろ貴重なエリアともいえる。支点はブッシュで取れるので登ることそのものは安全に楽しめるのもいい。キノコ雪ブロックと稜線からの崩壊といったリスクを手中にするかがこのエリアの面白みといえよう。毎度のことながら知られていないからと言って面白くない訳ではないのである。
<アプローチ>
このエリアに入る際には深夜アプローチを行い、明るくなると同時に登り始めることを推奨したい。大谷原に車を駐車して西沢を詰め標高2250mの岩場マークがある取りつきまで。左稜はもう少しだけ低いところから取りつくことになる。幕営できる地点がないではないが、この尾根は日帰りで登るのが好適だろう。ルンゼを下降すれば途中敗退は容易である。下降は赤岩尾根を少し下ってから西俣へ下降するルンゼを降りるのが速い。
<装備>
雪で埋まっていればスリングだけでよい。キノコ雪対策としてスコップは必携。
<快適登攀可能季節>
3月~4月 リスクやその魅力要素を考慮すると厳冬期に登る課題とは言えない。春~残雪期にかけてがシーズンだが、快適に登れるタイミングを見極めるのが難しい。3月の多く残雪が残るタイミングで東面で日射が入ると危険なので、高曇りの日が望ましい。