2022年1月31日月曜日

八右衛門沢 右岸壁奥壁

 







 八右衛門沢は三本槍沢を分けるとずーと右岸側に岩場が続いている。しかしどの岩場も決定的なラインを見出すのは難しい。スラブ状で傾斜が緩かったり、極端に脆そうだったり、ぶっ立ちすぎていたり。初めての来訪で下からアプローチをした筆者らはあれよあれよと最奥の稜線直下まで行ってしまった。下の岩場の顕著なガリーを登るため登ろうか逡巡したが、幸い美しい垂直のゴルジュから稜へと上がるラインが現れたのでそちらに取り付く。
 傾斜が無さそうに見えたゴルジュはチムニー内に雪が詰まっただけでしっかり90°あり、チョックストーン部分はハングしている。除雪作業をたっぷりい行ってから快適なワイド&ステミングで楽しく登れる。ここはプロテクションばっちりだ。緩傾斜の草付きから左へ入ると脆い岩の凹角へと入る。コーナー状で登り易いが支点は取りづらく緊張する。続く草付き帯もスラブ状でピックの効きは悪く、灌木も細いので結構怖い。がっちりとした灌木が現れてからは普通の岩稜を1ピッチ登り稜線へ至る。丁寧に区切ると3~4ピッチで終了するはず。日帰りの場合、ここから霞沢岳を経てから下降すればとても充実するだろう。
 そういえば、六百山から霞沢岳方面を眺めた時に三本槍沢左岸にも岩場があった。次はそちらを探検してみようか。

<アプローチ> 
筆者らはシンプルに八右衛門沢を詰めあがるアプローチとした。表六百沢や三本槍沢に間違って入らないように注意。三本槍沢を分けて比較的すぐに右岸壁が展開してくる。奥壁は稜線直下にあるため、場合によっては稜線から下降するというアプローチも有効だろう。下降は主稜線に出てから霞沢岳方面へ向かい、適当なルンゼを降りる。奥壁へ至る途中にある岩壁で登攀ライン候補となりそうな岩壁幾つかあった。




下から見た感じすべてのルンゼを下降可能だと思う。八右衛門沢は北面で急傾斜の谷なので雪崩のリスクは高い。

<装備>
カム一式、トライカム、ピトン各種。

<快適登攀可能季節>
1月~3月くらい。雪崩のリスクが高いので入谷は慎重に

八右衛門沢 右岸壁前衛壁

 





 バイブル登山大系にはその存在のみが示唆されている岩場が幾つかある。八右衛門沢の岩場もその一つだ。霞沢岳で岩登りをするのならば右岸壁だろうが・・・と記載されているのにどこに岩場があるのか、どのようなルートがあるのかなど書かれておらず想像力が掻き立てられる。詳らかであれば良いものでもないというダンディズムが示されているのであろう。
 八右衛門沢を詰めていく最中に真っ先に目に入るのが前衛壁である。遠めに眺めると物凄い壁で近寄りがたきマフィア。しかし、近づけば細めの藪に彩られており、先の印象は一瞬で和らぎ親しみやすいナイスガイ。一番登行距離が長そうなカンテラインから稜を目指した。取り付きからいきなりパンプするテクニカルなバーティカル藪漕ぎ。バランス感覚と丹念に藪の強度を確かめる技術が求められる。さながら沢登りの非常に難しい高巻きをしているような感覚。岩壁は花崗岩でスラブ状を呈しておりアックスは岩を叩くばかりだ。ここは六百沢の雰囲気と全く同じである。2ピッチ目はもう少し岩登り要素が強くなるが引き続き藪と仲良くやる。3ピッチで稜に出て終了。
 藪と岩が高度に混在した稀有な壁である。大体クライミングをする壁はここまで藪が無いし、藪だらけならば岩の要素は無い。ここは藪と岩どちらも中々のレベルで存在しているので一度は味わう価値がある。前衛壁にはカンテ以外にも左ガリーなどにラインは引けるのでそちらもいつか楽しんでみたい。
 ところで、六百沢から八右衛門沢に展開する岩壁の花崗岩は風化が激しい。雰囲気としては餓鬼岳周辺の岩を硬くした感じである。世界的に火山活動が活発となった白亜紀由来の花崗岩のようだが、その後の変成作用によって現在の性質が分かれたのであろう。近くの花崗岩岩壁として屏風岩(熱水作用による文象斑岩らしい)、赤沢山(ここは鉄豊富)、八右衛門沢それぞれの岩場を登ることで何か知見が得られるかもしれない。上高地から入山してベース形式で継続登攀可能なので、いずれ一気に登りその不思議に思いを馳せてみたい。

<アプローチ> 
シンプルに八右衛門沢を詰めあがる。表六百沢や三本槍沢に間違って入らないように注意。三本槍沢を分けて比較的すぐに右岸壁が展開してくる。前衛壁は八右衛門沢を詰めている際にドーンと見えている壁で確か標高2150m付近の右岸にあったはず。下降は懸垂下降するのが早い。八右衛門沢は北面で急傾斜の谷なので雪崩のリスクは高い。

<装備>
カム一式、ピトン。

<快適登攀可能季節>
1月~3月くらい。雪崩のリスクが高いので入谷は慎重に

2022年1月18日火曜日

錫杖岳 1ルンゼ右俣

 







 どこを登っても面白い錫杖前衛フェース。古いトポのラインとて一筋縄ではいかない。1ルンゼ右俣は登山大系にさらりと内容が書かれており、上部は第二フェース(中央壁)ルートと合流するぐらいしかわからない。

 意外に悪い1ルンゼ本流の出だしを越えて、本流と別れてから傾斜の強いチムニーに入る。ここはガバが多くダイナミックな動きを楽しめる。このチムニー中間部は右手アイスアックスに氷、左手チキンウイング、左足レッグバー、右足氷フロントポイントという贅の限りを尽くしたおもてなし。次の意外に悪い草付き凹状を越えると明らかに悪そうなオフウィズス~スクイズチムニー。しかも雪がびっちり詰めっていて非常に奮闘的であった。最後は第二フェースのすっきりとした壁を登るのだが、雪だらけの序盤に時間がかかりすぎここで終了。次は中央壁を下部から登ってこの上部壁を楽しみたい。

 こんなに面白くていいの?!いえいえ、いいんです。それが錫杖なんです。しかも沢山あるんです。冬の上宝は夢の国、冬壁愛好家の神宝。

<アプローチ>

槍見から登山道。終了点はP3の頭。下降は同ルートが無難ではないか。

<装備>
カム一式(0.75~2まで2セットあると安心)、ピトン数枚、トライカム少々。

<快適登攀可能季節>
12月~3月。出だし2ピッチは1ルンゼと共通。氷結が甘いと1ピッチ目が悪い。

<温泉>
栃尾の荒神の湯は良い露天風呂。体を洗う場合は石鹸を持っていこう。寒くて洗えないかもしれないけど。割石温泉まで行くのもいいだろう。

2022年1月13日木曜日

六百沢の岩場 右岸凹角

 



 六百沢の岩場は雪崩のリスクを除けばダブルアックス入門にぴったり。ウォーターアイスの大滝とミックスの側壁、緩傾斜ベルグラから始まり意外にスケールのある右岸支流。どれも困難度は高くないが小さなエリア内ではあるが色々なクライミングが楽しめる。

 大滝のあるルンゼの上流右岸に見栄えのする凹角があり気になっていたので登ってみた。登り始めは若干かぶり気味で草付きダブルアックスにパワーを要するのももあとは緩傾斜の容易な雪面となり60m1ピッチで尾根状の樹林帯に出た。カッコいい見た目とは異なる意外な内容に驚いたが、これもまたよし。

 登ってみて気が付いたが、この岩場には落ち葉が堆積していたり苔が露出していたりと明神2263峰の岩場とは異なる雰囲気を強く感じた。明神が安山岩質溶岩に対して六百沢は風化した花崗岩で、明神が南面に対して六百沢は北面である。この岩質と方角の違いによるものだろうか。それとも冬期上高地周辺に特有の日中梓川下流から穂高主稜線側へと吹き上げる強い風の有無の影響だろうか(この方角の風が卓越する理由は考えてみてね)。落ち葉や苔が堆積していると表層を流れる水の表面積が減少するため、氷の発達が少なくなるだろう。スラブのベルグラ発達が悪かったのはそのためだろうか。もちろんこれらの現象の原因は一つではないだろう。あれやこれやと自然の摂理に思いを巡らせるのは至福のとき。そのきっかけとなった右岸凹角はやっぱりいいラインであった。

<アプローチ>
六百沢の入り口は解り難い。初めてであれば明るくなってから取り付いたほうが無難。六百沢はゴルジュ地形内にルンゼが多く集まっており、非常に雪崩のリスクが高い谷である。北面であることを勘案すると、一雨入り冷え込んだタイミングが安全でベルグラの発達も期待できる。

<装備>
カム少々

<快適登攀可能季節>
1月~3月くらい。

明神岳2263m峰 南壁左方ルンゼ





 冬壁の自由さを感じるのは気の向くままにふらふらするとき。何も気合を入れて取り付くばかりが面白さではないとも思う。南壁ルンゼよりも上流側、南壁のメインウォールの左側には緩いルンゼが続いている。このルンゼを詰めたらどうなるのかしら。
 ラッセルとなる雪面が終わると、砂利と草付きが混じった壁となる。クライミングより沢登りに近い内容ではあるがやっぱり面白い。60m2ピッチ登ると左側の南壁ルンゼとを分けるリッジが近くなる。ここを右に入ると南壁の左端にあるスラブ状岩壁に入る。スラブは手が付けられないので藪がうるさい箇所を繋げて高差60m程度を這い上がる。最後はスラブ帯のすっきりとした草付きを登ったのち、2mくらいのハング帯を乗越して樹林帯へ入り終了。

後日、登山大系を確認したところ左方ルンゼと呼称されていることが分かった。ハング帯に残置ピトンが有ったので同じことを考える人がかつて存在したのであろう。いきり立って敢えて登りに行く場所ではないだろうが、ぶらっと行って遊ぶには丁度いい。

<アプローチ>
下降は樹林帯から南壁ルンゼ方面へとトラバースし南壁ルンゼの緩傾斜に出る。南壁ルンゼ右岸尾根は簡単に歩けるのでしばらく下降する。やがて尾根の傾斜がきつくなり岩壁となるがここで南壁ルンゼ左岸尾根へと渡り、適当な箇所から左方ルンゼへと懸垂下降する。

<装備>
ピトン各種。カム一式。

<快適登攀可能季節>
12月~2月。氷雪が付着するような冷え込んだタイミングで取り付くことをお勧め。草付きが緩まない状態がベスト。

2022年1月11日火曜日

赤沢山 針峰PⅢジェードル

 









 赤沢山で一番カッコいいラインは針峰PⅢジェードルだと確信している。長いスラブから始まり、ぐっと傾斜を増すところから顕著なジェードルが山頂まで伸びる様はここを登ってごらんと幻惑しているようである。
 最初のスラブ帯は左側から登るが傾斜が思ったよりも強く本気のダブルアックスとなる。がっちりとした灌木で支点が取れるのが有難い。60mで2ピッチ伸ばして、いざジェードル。ジェードル入り口は傾斜は強いものの支点は取れる。6mくらい登ってジェードル内の弱点となる左側のカンテに入ろうと思ったら、それは積み木のようにボロイ岩が堆積していただけの崩壊カンテであった。それでも部分的に氷漬けになっていてガバとしてホールディングできるので1mくらい進むがその先から益々岩は脆くなり信頼できる支点が取れそうにない。何より落石がビレイヤーを直撃するのが間違いない。右側のコーナーは面つる系で登るのは難しい。うーんここまでか。2ピッチ目の終了点まで戻り、右側の氷雪が付着したスラブ帯と岩場を2ピッチ登り右カンテへとエスケープした。
 穂高連峰で頻発している群発地震の影響もあり崩壊が進んでいる可能性もあるが、きっと脆い岩耐性が足りなかったのだろう。どこかでトップロープによる崩壊壁トレーニングでもしてからもう一度挑戦してみようかしら。
 

<アプローチ>
沢渡か坂巻温泉に駐車して釜トンネルから延々と槍沢ロッジ付近まで歩く。槍沢ロッジ手前に小さな沢が流れており、年末年始であれば水はここからとれる。周辺にテントを張ってベース方式で登るのが無難である。下降は同ルート下降かPⅡコルまで懸垂下降したのち中央チムニーを懸垂下降することになる。

<装備>
カム一式、ピトン各種、イボイボ3~4本、トライカム

<快適登攀可能季節>
12月~2月。氷雪が付着したタイミングでなければ夏の状態と変わらないことになる。そうすると草付きを使用できないので難しくなりそう。

<博物館など>
福地温泉で日本最古の化石が発見されている。年代は古生代オルドビス期~デボン紀。即ち5億年~3億6000年前である。残念ながら冬期登攀後は観察できない。

<温泉>
坂巻温泉、平湯温泉

赤沢山 正面壁チムニールート

 








 赤沢山の岩場において針峰と正面壁の存在感は圧倒的である。アプローチで最初にこの岩壁群を目にすると「凄いところがあるもんだなぁ」としみじみ思うのである。

 正面壁は標高は2100m以上とそこそこ高いものの、南面で頂稜に樹林帯がなく草付きの発達が乏しいことからコンディションは概ねドライな場合が多いようだ。また、雪崩リスクの高い赤沢の性質を鑑みると氷雪を纏った正面壁を登るタイミングは思った以上に少ない。常日頃より徳行功徳の五重塔建築に勤しむ筆者らは幸運にも氷雪を纏った正面壁を楽しむことができた。

 出だしのコーナー状のスラブからいきなり面白い。コーナーの凍った草付きと岩壁側の雪を纏ったスラブの小さなスタンスを拾いながらジリジリ登る。プロテクションはイボイボとペナペナの灌木だが何とかなる。途中右トラバースするのだが、スラブに絶妙な細いバンドが走っており感動する。2ピッチ目はどこでも登れそうだし、どこも登れなさそうにも見える浅い凹状スラブを辿る。全く支点が取れないように見えるが雪を払いのけ丹念に探せばピトン、トライカム、カム、全てでしっかりとれる。岩は脆いが傾斜は緩く順層ホールドなので落ち着けば非常に楽しめる。3ピッチ目は傾斜が強いチムニーから再び脆い岩のスラブ。岩が脆く全ピッチ中で最も支点が取りにくいところだ。支点が脆弱なのでワンムーブ毎に多少の覚悟がいるが、登り終わって下を見た時のすっきりとした感じは気持ちがいい。最後はホールドが豊富で容易なチムニーを登ると山頂へと至るリッジに飛び出す。

 順層で登り易いものの支点が少し取りずらい明神岳をイメージすればよいだろうか。クライミングの内容は非常に面白いのだが、支点が脆弱なので超絶お勧めできないのがちと悲しい。ビレイポイントも35点~60点くらいの品質でしか得られなかったので足並みの揃ったパーティー向けかと思う。

<アプローチ>
沢渡か坂巻温泉に駐車して釜トンネルから延々と槍沢ロッジ付近まで歩く。槍沢ロッジ手前に小さな沢が流れており、年末年始であれば水はここからとれる。周辺にテントを張ってベース方式で登るのが無難である。下降は赤沢山山頂まで登ったのち、南西リッジの斜面を下降して左俣のコルに出る。南西リッジの斜面は非常に分かり難いので、視界が無い場合の下降は難しいかもしれない。左俣のコルからは懸垂1回で小滝を過ぎたあたりまで下降できる。赤沢は雪崩のリスクはそれなりに高いように思う。南面にある沢なので、降雪直後の好天時には注意したい。

<装備>
カム一式、ピトン各種、イボイボ3~4本、トライカム

<快適登攀可能季節>
12月~2月。氷雪が付着したタイミングでなければ夏の状態と変わらないことになる。そうすると草付きを使用できないので難しくなりそう。

<博物館など>
福地温泉で日本最古の化石が発見されている。年代は古生代オルドビス期~デボン紀。即ち5億年~3億6000年前である。残念ながら冬期登攀後は観察できない。

<温泉>
坂巻温泉、平湯温泉

2022年1月10日月曜日

明神岳2263m峰 前面フェース水神登路

 







 2263峰では幾つかのラインが取れる西壁、南壁、東壁が人気。概念図には前面フェースと奥壁という岩場も描かれておりこちらも興味をそそる。というか、対岸の明神遊歩道から丸見えでどちらも大変魅力的に見えるので行くっきゃない。

 実際の前面フェースは期待以上の立派さで迎えてくれた。壁からはここを登れと言わんばかりの登路が示されており、それを表すルート名に感心するばかり。氷雪が付着したスラブ帯を2ピッチ楽しく登ると6mくらいの強傾斜フェース帯となる。ここはホールド豊富でホールディング良し、フッキング良し、プロテクション良しの三拍子そろった面白ポイント。ここから灌木の生えたルンゼ状の氷雪を登ると右のリッジ状に吸収され大テラスとなった。筆者らはここで終了としたが、そこからさほど困難ではない3P程度で前面フェースの頭へ到達できるように見えた。遠望したところによると大テラスから東壁へ継続できるようだ。

 随所にがっちりとした支点が得られる2263峰の中では珍しいラインと言える。それでも下部は逆層スラブの明神要素もちゃんと含んだ内容で素晴らしい。下降も難しくないので是非お勧めしたい。

<アプローチ>
前面フェースはワサビ沢本流の右岸側の沢のドン突き、南壁とほぼ同高度に存在する。一見雪崩リスクが高そうなアプローチとなる雪面は風が非常に強いようで、雪の付着は殆どなかった(ただし、冬型降雪時のみの確認)。日当たりが良好の壁なので、氷雪付着状態は大きく変動するであろう。雪崩リスクとの兼ね合いではあるが、降雪後の登攀の方が楽しめる。沢の入り口が非常に分かりずらいため、うっかりすると東壁側に入り込んでしまうので要注意である。下降はルートの右側に生えた灌木を懸垂下降するのが無難。4Pか5P伸ばした後にリッジ状となった後にテラスが現れる。おそらくここを右にトラバースすると東壁へと継続することが可能だと思う。

<装備>
イボ3~4本、ピトン薄刃~ロストアローサイズ。カム一式。

<快適登攀可能季節>
12月~2月。氷雪が付着するような冷え込んだタイミングで取り付くことをお勧め。草付きが緩まない状態がベスト。

<博物館など>
福地温泉で日本最古の化石が発見されている。年代は古生代オルドビス期~デボン紀。即ち5億年~3億6000年前である。残念ながら冬期登攀後は観察できない。

<温泉>
坂巻温泉、平湯温泉