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2025年5月1日木曜日

池ノ谷右俣奥壁

 













 池ノ谷右俣には岩場が多い。加えて登行距離は長くどこも剱岳の中でも指折りのスケールを誇る。岩が不安定なことは明白なので諸々がっちり固まった積雪期に登りたいのだが、富山県の条例で積雪期には池ノ谷に入れない。でも行きたい。しかし怖い。でも行きたい。春が来るたび、花占いの如く循環していたがその時が来た。

 暖かい日が続いたので氷がすっからかんの池ノ谷。右俣のドーム稜はカラカラなので壁状ルンゼをノーロープで駆け上がり、北面に申し訳程度に残る氷雪を繋いで右俣奥壁に入る。雪壁と岩場が段々になっている構成であるが、岩場は要所にピリッとした箇所があり面白い。場所によって岩は予想通りの不安定さである。岩が不安定とは岩が脆いのと、脆い岩が堆積していて積み木状になっていることを意味する。このような岩場を登る時はワニワニパニック、ジェンガ、ツイスターが合わさったゲームをしていると思えば楽しめよう。そうはいっても命がけの三種混合ゲームは最小限にすべく岩が安定しているところを目視で定めながらライン取りをすることになる。加えて落石を避けるためのビレイポイント位置が肝要である。より硬い岩、長い登行距離、そして楽しめるクライミングを求めて右へトラバースしていく。成り行きで登ると鯱の如く天を摩す剣尾根ノ頭を目掛けて突することに。すると技術的にもなかなか面白いピッチが続き楽しめた。不安定な岩をある程度許容できるならば、右俣奥壁は既登ラインに拘泥せず自由に遊べる良き壁である。

 壁状ルンゼをノーロープで登った高差150mくらい+合計9ピッチと申し分ない長さを楽しめる好ルートである。これが岩が安定するだけ氷雪の発達するタイミングであれば、さぞ楽しいことだろう。次は寒い春にもう一度遊びに行きたい。

<アプローチ>
12月~4月15日までは早月尾根から山頂経由か西仙人谷から稜線に上がり三ノ窓まで行く。復路も同じルートを辿る。アプローチは長時間行動になるので水分と栄養をしっかり定期的に摂取するのが大事である。栄養の軽量化は敗退する要因なので避けたい。4月15日以降であれば池ノ谷を詰めてもいい。ただし、白萩川の埋まり具合や池ノ谷ゴルジュの状況に依る。

<装備>
カム#3までをワンセット+中間サイズワンセット、トライカム少々。

<快適登攀可能季節>
年中登れるけれど、冬壁装備で11月~4月に登ると落石のリスクも少なく楽しい。

<温泉>
アルプスの湯、ゆのみこ温泉

<博物館など>
西田美術館:ロシアイコンや曼荼羅が展示されている。そして剱岳の資料が豊富。

大岩山:行基菩薩の石仏は大迫力。夏はそうめんが名物で多くの観光客が訪れる。

富山県薬用植物指導センター:5月中旬に芍薬の花が満開になるとても綺麗。五月の連休より少し後が見頃になる。芍薬は生薬として用いられるので栽培されている。有効成分はペオニフロリン。有名なのは甘草との組み合わせたもので芍薬甘草湯。グリチルレチン酸との組み合わせである。







2024年10月18日金曜日

黒部川 剣沢(剣沢大滝)


 
















     





 剱岳は御存知の通り岩と雪の殿堂と称される。ちょっと待てい!剱岳は西に池ノ谷ゴルジュ、東に剣沢を擁する日本屈指の渓谷登攀のエリアなのだぞ。

 富山県民にとって扇沢駅は全く縁が無い交通機関ではないかと思う。冬に何度も横を通りすがってきたものの初めて利用する。社会見学として一度は利用しておきたい。黒部川沿いの日電歩道は丸東君とガビンちゃんが眺められて素晴らしい登山道だ。水を落とす渓谷もスラブが美しく登ってみたいものだ。白竜峡の渓谷は圧倒され、歩くのも緊張感があってこれまた楽しい。感動に打ち震えていると十字峡に到着するので気持ちを切り替え粛々と剣沢に入渓する。
 剣沢平から先はのっぴきならない雰囲気となる。トサカ尾根末端壁(トサカ状岩峰)と大滝大根末端壁が遡行者に圧力をかけてくる。壁から続く鋸歯状の尾根は冬の課題として魅力的に見える。水量が少なかったこともあり容易にI滝とご対面。滝も特徴的で美しいが右にそびえる大凹角壁もこれまたイカツイ。これも冬に登って大滝尾根に繋げたらさぞ素晴らしい課題だろう。I滝は概ね先人の記録と同じラインを辿り焚火テラスに到着。焚火テラスは信じがたい平坦さで2人テントなら完璧に設営できる。テラスから7mの懸垂の後、これまた先人が拓いたトラバースをする。とんでもないゴルジュの中、高度感のあるトラバースは支点も結構取れるので遊びとして良質だ。緑の台地手前E滝横で懸垂したらあとは登るのが脱出する条件となる。D滝は大西良治さんのラインから登った。D滝下部は雪崩で洗われボルトは抜落するので残置物を当てにしてはいけない。D滝左岸のビレイポイントとなる岩は黒部川花崗岩に典型的な暗色包有岩で可愛らしい。その可愛らしい岩の上をヤマアカガエルと思われる生物が歩いておりほっこり。C~B滝は嫌らしいスラブトラバースでやり過ごし、引き続き豪快な渓相を直登したり巻いたりして進む。このC滝以降の区間は残雪量、水量、はたまた水流の状況に依って登攀ラインは大きく異なるだろう。筆者らが訪れた際には残雪は皆無で概ね快適に谷中を進んだが、一部泳ぎがある箇所を嫌い高巻き、上部ゴルジュ手前の川原に降りた。ゴルジュも和らいでくるとやがて八ツ峰Ⅰ峰が姿を現す。あのゴルジュ後にⅠ峰の雄姿はこれ以上ない遡行終了でずるい演出だ。運が良ければ燃えるような紅葉が迎えてくれるだろう。

 剣沢のような圧倒的自然造形に触れると形成された時間と失われていく時間はどれくらいなのだろうか、そしてその時間に価値はあるのだろうかと考えざるを得ない。剣沢ゴルジュも小川支流荒戸谷左俣もどちらもオンリーワンなのだが、なぜか剣沢の方を大切に感じてしまう。剣沢を核兵器で消失させても一部からはクレームがつくが、世界からの批判はないだろう。しかし、剣沢に生息するヤマアカガエルの腸内細菌からあらゆる癌を消失させる人工合成不可能な化合物が発見されていたら事態は異なるはず。JSバッハのBWV542が脳内で鳴り響き始め、世界が何なのか解らなくなってグラグラしてくる。ババロアの上に置いたジェンガのごとく既存の価値観が揺らぎ、個の輪郭が薄くなる。寂しいような嬉しいような。暖かいような冷たいような。この心身を貫くマーブルな感覚は新しい何かを生み出す原動力になるのではないか。特異奇矯な自然に敢えて意義を与えるのであれば、不安定な感情を人間に与えることで創造精神を涵養することなのかもしれない。グラグラ不安定タイムの最後はINUのメシ喰うな!を脳内絶唱して締めるのがいい。これですっきりである。って、いつものルーティンで創造精神涵養されていない!

<アプローチ>
一般的には扇沢駅から黒部ダムまで行きそこから十字峡まで歩く。秋の盛り、扇沢駅の始発バスは信じられない混雑するので初日入山日は平日にしたい。下の廊下、白竜峡の辺りはザックが大きいと危険なので注意して歩こう。十字峡から雨量計のある黒部別山北尾根に付けられた尾根を歩いて、慰霊碑プレートから標高差にして20~30mくらい登ってから斜面をトラバースして下降するとうまい具合に川原に降りられた。幕営ポイントは剣沢平、焚火テラス、D滝上の大岩下(飛沫が舞う)、最上部ゴルジュ開始手前が上等である。雪渓の残り具合によっても感じが変わるだろうから大体の情報以外は現場判断となる。
事情により扇沢に戻ってバス下山したが、許されるのであれば剱岳を登頂して下降すると一層感慨深いので良いと思う。

<装備>
カム1セット(#2まででOK)、ピトン各種沢山(ナイフブレード多め)、念のためボルトキット、クライミングシューズ、沢靴はラバーソールがバチ効き。幕営装備は二人ならばテントで臨むのも防寒対策として良いかも。荷揚げ用、懸垂下降用にロープは2本欲しい。

<快適登攀可能季節>
9月~10月。寡雪で水量が少ない時が組し易い。好条件と休暇が噛み合うかが最大の核心と言える。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。

2024年1月9日火曜日

剱岳 八ツ峰四稜~主稜(冬)

 




















 山登りには沢山の印象的な朝が訪れる。せせらぎの音の朝、風の音で目を覚ます朝、凍える最中待ちわびる朝。朝のリレー走者を請け負っているからには次走者への良いリズムでバトンを渡すべく、各種の朝を取り揃えておくことが肝要である。その点において山登りはいいんじゃないでしょうか。筆者の考えるマイ★ベスト朝は東面の雪稜で迎える朝だ。月光を浴びて行動を開始し、やがて空の色が七色に変化し、山が紅に染まる。あれだけ大切な存在であった月はいつの間にか意識から消える。弾む呼吸と冷気とが重なり、視覚情報に風味が加えられる。風の無い静かな朝であれば世界の静寂を破るのは自分だけだと気づくだろう。冬の雪稜は五感すべてから地球と自分の存在を意識させてくれる。
 では、どんな東面の雪稜でも良いかというのそういう訳でもないなぁ。やっぱりちょっと緊張感がある状況の方が鋭利な心象として輪郭が立ってくる。その点において冬の剱岳八ツ峰は国内でも最高の朝を提供してくれるはず。
 
 3月に四稜~主稜を登ったことがあるが、年末年始とは行って帰ってくるくらい状況が違う。四稜の末端は藪が五月蠅く時間がかかるので、無名岩峰まではルンゼから登り割愛した。春には安定した雪面となるⅣ稜上は不安定な雪が付着するので、基本稜上を勝負することになる。稜上に雪崩雪面が現れるので、天候には細心の注意を払いたい。Ⅰ峰の直下にある小ピークは左から雪面を登りエスケープした。ここも雪崩斜面となるので場合によっては苦労しても稜上を進もう。漸く辿り着いたⅠ峰からは連続する鋭いナイフエッジが望め疲れが吹き飛ぶはず。
 Ⅰ峰に出てから悪めのクライムダウンを少しこなしてから懸垂下降1発でコルに至る。以後、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ峰各ピークと途中に現れる小ピークからは懸垂となる。支点は掘り起こしてブッシュや残置を出すといい。無い場合は設置することになる。稜上が不安定な雪なこと、重荷を背負っていることもあり基本的にロープは繋いだままになる。確保が不要な場合でもロープを仕舞わずに引きずって行った方が行動の切り替えがし易い。ポイントとなるのはⅥ峰、Ⅶ峰の急雪壁登りだと思う。大きな雪崩斜面を登らざるを得ないので、主稜上で悪天に捕まることは余り想像したくない。八ツ峰の頭に着いたら池ノ谷乗越へは懸垂下降1発で到着。ここに到着してもまだまだ気が抜けないのが剱岳。馬場島に到着するまで気を引き締めて。池ノ谷乗越からの登りはどうという事の無いルンゼであるが、雪崩が発生しやすいのでロープを付けていった方がいい。早月尾根はいつだって強風だから対策は十分に。

 厳冬の八ツ峰は登る機会が多くないのは事実である。しかし、温暖化や働き方改革という時代環境の変化が有り以前よりも取り付くチャンスは増えているのだと思う。もし、貴方の考える最高の朝が東面の雪稜であるのならば、我武者羅に毎年通うという手もアリなんじゃないでしょうか。その時は月齢も忘れずにチェック!

<アプローチ>
2217mの無名岩峰に至る尾根やルンゼは多いので適当にその前に登ったルートから至近の尾根かルンゼを登るといい。筆者らはガンドウ尾根から継続した。先の好天周期が限られており、当日の雪の状態が良かったので、無名岩峰北側コルへ通じるルンゼを登った。四稜の幕営可能箇所は地形図通りであるが、雪崩リスクの少ない安定した個所を選びたい。主稜上はⅠⅡ峰間コル、ⅤⅥコルが快適だが、雪洞ならば要所に設営可能。

<装備>
スリング少々と念のため懸垂用アンカーとして土嚢袋。アックスは1本で良い。墜落のリスクは無いので、細径スタティックロープを利用する手もある。

<快適登攀可能季節>
12月~2月

<温泉>
アルプスの湯、ゆのみこ温泉

池平山 ガンドウ尾根













 人類の発展歴史を考えたとき刃物の文化史は欠かせない。日本は森林に恵まれた国土で木材加工が重要であった。 その点において鋸の加工技術は古来より富国強兵の礎であったことに間違いない。日本各地の郷土資料館を巡ると実に多くの種類の鋸に出会う事が出来る。サイズ、歯形、材質、材の厚みなど、当時のものづくり技術を垣間見る事が出来る道具は面白い。特に歯形の仕上げは難易度が高く、当地の木材にあった仕様に設計する専門の職人がいたのであろう。古い鋸を眺める度に現代に生きる我々には失われてしまった技術と感性があることに気づかせてくれる。

 鋸フリークが絶対に訪れるべきなのが十字峡からのガンドウ尾根である。ガンドウとは鋸そのものの意である。その体を表すのが、北側や東側からではなく南側(十字峡側)から眺めたあの鋸歯状のリッジであることは想像に難くない。南面にある低標高の藪尾根であれば、そうそう雪稜登攀の対象となりにくいが豪雪地帯黒部では十分登る対象となる。内容的にも大変面白く気持ちの良い尾根である。
 十字峡から高差150mくらいは急傾斜で登攀的である。剣沢大滝やトサカ尾根の展望台となる左のリッジに乘ってから本格的に雪稜となる。筆者らが訪れたのは寡雪の12月末であったがそれでも十分に楽しめた。1600m双耳峰を過ぎるまでキノコ雪や小ギャップの処理など時間がかかる要素が多い。そこを過ぎると少しだけ地形は穏やかになり、最後の1710mピークを越えればあとは池ノ平山まで黙々とラッセルする。本当の核心はここから北方稜線を経て早月尾根を下降することなのだが・・・

 鋸はもちろん、藪雪稜も日本の文化。しかも南面の1000mから始まるキノコ雪なんかそうそう有ったもんじゃない貴重な存在である。ガンドウ尾根は雪稜フリークも訪れるべき貴重な稜である。

<アプローチ>
後立山を越えて十字峡に至る経路としては牛首尾根か岩小屋沢岳北西稜となる。筆者らは後者を利用した。1583mのピークから十字峡に至る尾根を下降して1150m付近で西へ向かい、傾斜が強くなった所から懸垂下降とする。1583mピークは広河原周辺の壁尾根側壁の眺めが素晴らしいところだ。1350m付近が最終幕営可能地点であることを覚えておくと便利である。懸垂下降の出だしは藪だらけなので細かく切っていくといい。緩傾斜を狙うと自然とルンゼ状に入って行く事になるが、左右の藪を使えば懸垂の問題はない。
 12月であれば十字峡より200mくらい上流であれば膝上くらいの水量の渡渉で行ける。ここは北尾根からのルンゼ末端となっているので2月ならばスノーブリッジが懸かる可能性がある。距離にして50mくらい上流側にさらに大きなルンゼが有り、そちらの方が歩道に上がり易いが少し雪崩のリスクが有るので状況に依り判断が必要。十字峡の北尾根末端と、ガンドウ尾根の1P終了点(歩道から高度30mくらいUP)は大変良い幕営点である。ガンドウ尾根上にも意外に幕営点は多いので、気にせず突入されたし。なお、携帯の電波は岩小屋沢岳北西稜~十字峡~大滝尾根の頭までバリバリ入る。そこから先は弱くなり、2173m三角点は入らない。

<装備>
基本アックスは1本で良い。荷揚げやユマーリングを考慮して軽量細径スタティックロープを持っていくと大変都合がいい。完全に保証範囲外の利用方法だが、確保にも使用するのが装備が軽くて便利。軽量細径スタティックロープへ噛ませる登行機はタイブロックではなく必ずスプリング付きの機種にしよう。十字峡の渡渉時の足元はネオプレーンソックス必携。渡渉ばかり気になるが、実際には雪の上へ上陸するための道つくりが大変である。この時もネオプレーンソックスのまま雪を踏み固めたり掘削したり作業するのがいい。横断後はスコップの上で燃やせば荷物にならない。標高が低くむちゃんこ濡れるので出来ればシェルは新品で臨みたい。叶わないならば最善の防水&撥水加工を施して。

<快適登攀可能季節>
12月末~3月 根雪が付いていなかったり、雪が無かったりすると厳しい藪漕ぎになって不快かも。その点を考慮すると2月が最も楽しい。