2025年7月9日水曜日

大武川 赤薙沢ミツクチ沢





















 脆い岩は危ないから登りたくない。何なら固い岩だって登れば高くて危ないのであんまり登っていいものではないと思う。それでも登るのは自然の摂理を体得するため止むに止まれず、しゃーなしでやるのである。
 ミツクチ沢は以前から行きたかった。南アルプスの中でも崩壊が進んだ谷で、上部は石空川北沢と不思議な地形を形成している。これで訪れるべき理由は十分ある。が、ボロイという前評判があり、前頭葉がしっかりと働く若年期は適切にブレーキが効いていた。しかし中年になると徐々に認知機能は低下し抑制ができなくなる。加えて膝や足首など関節には不具合が出てくる。こうなれば危険登山者一丁上がりである。

 赤薙沢に入ると赤薙の滝が激しい連瀑となって落ちる。これは登れなさそうなのが続くので一気に高巻いた。ミツクチ沢に入ると脆くない登って楽しい小滝が連続する。そう、こうして油断させるのが彼らの手口なのである。側壁が立ち始めると谷中に巨石や土砂の堆積がえらいことになる。すぐに現れる左側にチョックストンがある滝が技術的には核心となる。左岸側のスラブから凹状を登りスラブトラバースをして最後はワイドクラック。こうして記載すると内容が多彩で面白しろそうだがボロさがあり危ない(しかしクライミングは面白い)。次に現れる二段30m滝は下段をフリーで登り二段目からクライミングスタート。水を浴びながら登ることにになるが、ここは少し岩が固く楽しめる。二段目上部は崩壊したような岩なので、たまらず右トラバースして灌木へと逃げた。以後は連瀑に次ぐ連瀑で標高をぐいぐい上げる。普通の沢ならばボーナスステージなのだが岩がぼろかったり、ガレが堆積した巻きになったりと緊張が続く。最上部で左に入ると瀑布が宙を舞い、水がガレに消える大滝が現れる。周囲の崩壊地形から巻きは絶望で少し戻って右岸ルンゼを登って尾根に出ることとした。右岸ルンゼから左へトラバースすると首尾よく木登りで標高を稼げる。垂直の悪い木登りを続けると無事に尾根に飛び出す。ここから離山までの道のりもスリリングで気が抜けない。山頂付近はボルダーと砂が織りなす景観で眼前には赤石沢奥壁と甲斐駒が岳が重厚に構える。離山は登りごたえのある隠れた名山である。筆者らは石空川北沢を下降したがこれも巻き降りや懸垂を含めて歯ごたえがあり良かった。フィナーレが精進ヶ滝の懸垂というのも締りがあってよい。

 ミツクチ沢は緊張感の漂う沢で好みが分かれるだろう。崩壊はエネルギーの発散といえる。その場に身を置くことで地の揺動に共振する。登りながら変動する周波数に応じて怖かったり、嬉しかったりするのが良い。この沢を訪れるのであれば離山を必ず登ってほしい。ミツクチ沢はこの山を登ってこそ価値があると思う。さらに北沢の下降を含めて極めて良質な登山であった。今後も認知機能の衰えが齎す新発見が楽しみである。

<アプローチ>
林道のダートが始まる手前のキャンプ場のある堰堤スペースに駐車する。走破性のある車なら林道を進めるが、ゲートが割と近くにあるので意味がないと思う。林道を歩いて適当に最終堰堤のある所から入渓する。ミツクチ沢内に幕営適地はない。強いて言えば1600m付近の三俣だろうか。ここに幕営すると翌日の行動が長くなりつらい。北沢源頭離山南の平坦地は素晴らしいテンバで、三俣手前の段差となっているところは奇跡的に水が汲める。ただし、枯れていることもありうるので過度な期待は禁物。北沢を下降すると適宜よいテンバがある。

<装備>
カムワンセット、ピトン各種。ラバーでもフェルトでも登れると思う。フェルトならばクライミングシューズを持っていくといい。

<快適登攀可能季節>
6月~10月 

2025年7月1日火曜日

黒部川 森石沢













 帰宅して地形図を眺めて驚嘆したのだが、森石「沢」なのである。富山県なのになぜここだけ「谷(タン、ダン)」ではないのか。黒部川流域で末尾語が沢となっている谷は信濃側の猟師達の呼称で県境の谷ばかりである。思いっきり越中のこの谷に主として東日本で用いられる沢という地名がぽつんとあるのは何かの手違いとしか思えない。

 名称遍歴に謎を持つ森石沢の遡行記録は少ない。志水哲也氏の著作に遡行記録があるが、谷の様相は土砂が流入しており随分と変わっていた。しかし下部のゴルジュ小滝群は健在で手ごわく悪い。うーん黒部だなぁ。足元に転がる岩はザクロ石を含む片麻岩や結晶質石灰や角閃岩を含む岩が多い。富山だなぁ。下部ゴルジュを抜けると土砂堆積が著しく谷が埋まっているのが分かる。主として花崗岩からなる谷なので部分的な脆い個所が崩壊によって谷に土砂をもたらしているようだ。志水氏の遡行図にある小滝は埋まってしまったり、倒木が架かっているのも多い。中部~上部のセクションはひと時楽しい小滝と美しい渓相となる。途中に雪渓が沢山出てきたので沢中の様子は一部不明な所がある。どこだったか忘れたが小滝を水線沿いに登れず非常に悪い左岸の泥壁を登ることになった。1303mへ向かう沢は小滝は出ずに体力勝負の急登。尾根に出てからも登山道は無いためほかの沢を下降することとなる。筆者らは弥太蔵谷右支流を下降したが、雪渓だらけで下降は相応に緊張を強いられた。右支流は登っても面白そうな地形をしており、次は遡行したいところである。

水量は多く雪が多かったこともあり歯ごたえ十分の遡行であった。小渓流でありながら側壁の高さが大渓谷の風格を醸すのがいい。容易に下山できる登山道が無いことも一層この谷での登山活動を面白くする。遠方から遡行対象とすることは滅多にないだろうが、週末系の山行としては完成度は高く行けば満足間違いなし。

 <アプローチ>
宇奈月ダムからしかるべきところを歩き出合いまで歩く。森石沢内の幕営好適候補地が雪で埋まっていたのでどこが良いのか不明。ただ、入渓時間と内容を考慮したら森石沢で泊まることはあまりないと思う。下降は弥太蔵谷右支流が合理的だが、この谷も下降は相応に時間がかかる。右支流中はそこそこ快適に幕営できる箇所は多い。

<装備>
カム0.3~1.0、ピトン各種。足回りはラバーでもフェルトでもいいかも。泥壁草付きが多いのでハンマーはピックが長いほうが有利。

<快適登攀可能季節>
7月~10月 残雪、寒さ、害虫など各種事情を鑑み判断されたし

<温泉>
とちの湯:宇奈月温泉総湯は駐車場も無いし、露天風呂もない。山屋のみなさまはこちらへどうぞ。

<博物館など>
うなづき友学館:黒部市立図書館の分館と歴史民俗資料館が併設している。何と言っても1/2愛本刎橋が見ものの博物館である。30年おきにかけ替える刎橋だが、当時のオーソドックスな橋脚がある木造橋の架け替え頻度ってどのくらいだったんだろうか。もっと深く橋の構造比較をしてくれればありがたいと思う。このほか、稚児舞や七夕といった地域の祭事展示も興味深い。

<グルメ>
よか楼:昨今話題の町中華的定食屋。コスパという卑しい概念を持ち出さなくても味で選べる良店。ジビエ料理も時折そろえる。