脆い岩は危ないから登りたくない。何なら固い岩だって登れば高くて危ないのであんまり登っていいものではないと思う。それでも登るのは自然の摂理を体得するため止むに止まれず、しゃーなしでやるのである。
ミツクチ沢は以前から行きたかった。南アルプスの中でも崩壊が進んだ谷で、上部は石空川北沢と不思議な地形を形成している。これで訪れるべき理由は十分ある。が、ボロイという前評判があり、前頭葉がしっかりと働く若年期は適切にブレーキが効いていた。しかし中年になると徐々に認知機能は低下し抑制ができなくなる。加えて膝や足首など関節には不具合が出てくる。こうなれば危険登山者一丁上がりである。
赤薙沢に入ると赤薙の滝が激しい連瀑となって落ちる。これは登れなさそうなのが続くので一気に高巻いた。ミツクチ沢に入ると脆くない登って楽しい小滝が連続する。そう、こうして油断させるのが彼らの手口なのである。側壁が立ち始めると谷中に巨石や土砂の堆積がえらいことになる。すぐに現れる左側にチョックストンがある滝が技術的には核心となる。左岸側のスラブから凹状を登りスラブトラバースをして最後はワイドクラック。こうして記載すると内容が多彩で面白しろそうだがボロさがあり危ない(しかしクライミングは面白い)。次に現れる二段30m滝は下段をフリーで登り二段目からクライミングスタート。水を浴びながら登ることにになるが、ここは少し岩が固く楽しめる。二段目上部は崩壊したような岩なので、たまらず右トラバースして灌木へと逃げた。以後は連瀑に次ぐ連瀑で標高をぐいぐい上げる。普通の沢ならばボーナスステージなのだが岩がぼろかったり、ガレが堆積した巻きになったりと緊張が続く。最上部で左に入ると瀑布が宙を舞い、水がガレに消える大滝が現れる。周囲の崩壊地形から巻きは絶望で少し戻って右岸ルンゼを登って尾根に出ることとした。右岸ルンゼから左へトラバースすると首尾よく木登りで標高を稼げる。垂直の悪い木登りを続けると無事に尾根に飛び出す。ここから離山までの道のりもスリリングで気が抜けない。山頂付近はボルダーと砂が織りなす景観で眼前には赤石沢奥壁と甲斐駒が岳が重厚に構える。離山は登りごたえのある隠れた名山である。筆者らは石空川北沢を下降したがこれも巻き降りや懸垂を含めて歯ごたえがあり良かった。フィナーレが精進ヶ滝の懸垂というのも締りがあってよい。
ミツクチ沢は緊張感の漂う沢で好みが分かれるだろう。崩壊はエネルギーの発散といえる。その場に身を置くことで地の揺動に共振する。登りながら変動する周波数に応じて怖かったり、嬉しかったりするのが良い。この沢を訪れるのであれば離山を必ず登ってほしい。ミツクチ沢はこの山を登ってこそ価値があると思う。さらに北沢の下降を含めて極めて良質な登山であった。今後も認知機能の衰えが齎す新発見が楽しみである。
<アプローチ>
林道のダートが始まる手前のキャンプ場のある堰堤スペースに駐車する。走破性のある車なら林道を進めるが、ゲートが割と近くにあるので意味がないと思う。林道を歩いて適当に最終堰堤のある所から入渓する。ミツクチ沢内に幕営適地はない。強いて言えば1600m付近の三俣だろうか。ここに幕営すると翌日の行動が長くなりつらい。北沢源頭離山南の平坦地は素晴らしいテンバで、三俣手前の段差となっているところは奇跡的に水が汲める。ただし、枯れていることもありうるので過度な期待は禁物。北沢を下降すると適宜よいテンバがある。
<装備>
カムワンセット、ピトン各種。ラバーでもフェルトでも登れると思う。フェルトならばクライミングシューズを持っていくといい。
<快適登攀可能季節>
6月~10月