2025年7月23日水曜日

乳川谷 ヨセ沢右俣

 












 乳川谷流域で最も快適で楽しい沢登りができるのはヨセ沢だと思う。ちょうどいい水量で水を浴びながら程よいクライミングを堪能できるのが良い。ヨセ沢は馬羅尾山へ抜ける左俣、清水岳へ抜ける右俣に分かれる。筆者はどちらも登ったが甲乙つけがたい面白さがある。
 ヨセ沢に入りいくつかの滝を登って快適に進み右俣へ入ると二条20mくらいの大滝が現れる。ここから地図通り連瀑帯となる。左は支流の沢なのだが、巻きのラインは左の滝から取りつき沢を横断する方が楽である。直登もできそうだが岩は脆そうでちょっとやりたくない。いくつか滝が現れるが、どれもそれほど悪さは無く楽しく登れる。ハンドジャムしてちょっとワイドっぽいクライミンもあり良きところ。筆者らは南沢を下降するため、1854mの本流には向かわずに1800mを右に入る。ここから傾斜が緩むまで再びシャワータイム。少し脆い個所も出てくるが基本的にプロテクションは良好で安全なのがいい。ひどい藪漕ぎはなく尾根に抜けられる。南沢の下降も結構渋くて時間がかかる。日の長い時期に早朝出発で南沢下降を日帰りでやればお腹いっぱい楽しめるだろう。

<アプローチ>
乳川谷の右岸側の林道に駐車する。左岸より右岸側の方が道が整備されており、地図の登山道マークは実は林道で車高が高ければ走れる。標高1060m付近の橋が崩落しているのでそこが広場となっており車で入れる最奥となる。下降した南沢支流は上部はガレで容易なものの、1678m手前くらいから滝が現れ始め巻き降りと懸垂を要するようになる。水量は豊富で迫力が出てくる。下部はゴルジュ帯となっており登るのもなかなか面白そう。






<装備>
カム一式、ピトン少々。ヨセ沢内はぬめるのでフェルトの方がいい。

<快適登攀可能季節>
6月下旬~10月。雪が少なく標高も低いのでシーズンは長い。ただし、乳川谷の水量は多めなので注意。

<温泉>
すずむし荘:単純弱放射能温泉(ラドン温泉)でさっぱりとしたお湯。内湯、露天ともに綺麗で快適である。

乳川谷 中沢

 










 乳川谷の中沢はオーソドックスな沢登りで無理なく餓鬼岳へ登ることができる。中沢を登るに際して技術的な核心は南沢~北沢と合流点までだろう。巻き道は割合分かりやすく沢登りに慣れていない人も大丈夫だと思う。中沢の入口は広い河原となっている北沢とは対照的な藪っぽい感じである。森の中を時々現れる小滝で遊ぶ。東向きで午前中は大変明るく気分がいい。ケンズリへと向かう沢は水が枯れているが明らかに難しそう。普通の人はケンズリに入らず左へ向かうだろう。あとは体力勝負の詰めである。

<アプローチ>
乳川谷の右岸側の林道に駐車する。左岸より右岸側の方が道が整備されており、地図の登山道マークは実は林道で車高が高ければ走れる。標高1060m付近の橋が崩落しているのでそこが広場となっており車で入れる最奥となる。沢内に泊れる場所はあるが、遡行が速いのであまり幕営する意義を感じない。下降は南沢が最短路であるが餓鬼岳の山頂を踏んで釣魚沢を下降するのも良いだろう。釣魚沢は上部が崩壊しており、下降点には注意がいるが降り込んでしまえば難しい個所は無く早く戻れる。幕営も随時可能で森の雰囲気が良く気持ちいい。

<装備>
沢慣れしていれば何もいらない。上部はぬめるのでフェルトの方がいい。

<快適登攀可能季節>
6月下旬~10月。雪が少なく標高も低いのでシーズンは長い。ただし、乳川谷の水量は多めなので注意。

<温泉>
すずむし荘:単純弱放射能温泉(ラドン温泉)でさっぱりとしたお湯。内湯、露天ともに綺麗で快適である。

2025年7月15日火曜日

青屋川 九蔵本谷

 




















 山の水たまりには惹かれるというのが人情というもの。湖、池、湿原に池塘が秘めたる神秘は尽きることが無い。池塘と花のコンボが大好物なのでシーズンに一度は訪れたいものである。同じ考えの登山者は多いので容易に行ける7月の湿原は大混雑が予想されるうえ、ましてや沢登りを楽しんで到達できる場所は少ない。しかし、千町ヶ原は登山道整備の不確定さから穴場の湿原で、南や西からはそれなりの渓谷が稜線へと延びている。
 九蔵谷は沢歩きを基調としながら、時折小滝が出てくる感じの谷である。沢登りらしい楽しさは1200mの滝マークまでと考えて差し支えないだろう。沢登らしさはあくまで爽やかで、嫌な悪さは無い。快適に景観を楽しみながら登ることができる。1250mから上流は近年の集中豪雨の影響があるのか土砂や倒木が見受けられ魚影はやや薄い。程よく遊んでもらえる密度なのでのんびり釣りを楽しみながら上がるのがいい。淡々と標高を上げ、なだらかなゾーンに到達すると柔らかく流れる水に癒される。笹薮を漕ぎ進むと眼前にワタスゲの大群落が忽然と現れた。過去一番の密度でこれだけでも大感動なのであるが、折よくニッコウキスゲも咲いており、バイケイソウの花にはクジャクチョウも舞っている。恋の季節のカオジロトンボは湿原中散り散りに四つ羽で飛んでいる。新しい夏を迎える嬉しさと侘しさがない交ぜになったこの感じ。これがまた次の季節へと歩む力となる。やはり山はいい。
 下山は青屋道とした。上牧太郎之助が安置した石仏を眺め歴史に思いを馳せつつ長い下山を終える。今も見つかっていない石仏は引き続き捜索中とのことだ。一介の身勝手な登山者だがこの道を開いた行者と救われた民を思う人が続いてくれるよう道の存続を祈念したい。

 九蔵谷は遡行内容重視の沢屋には物足りないのだが、高山植物シーズンの逍遥渓としてはなかなか良い。沢登りらしいところは林道が並走しているので沢慣れしていない人も取りつきやすいのではないだろうか。

<アプローチ>
九蔵川の左岸に走る林道のゲートに駐車して入渓する。地形図の林道終点までならば大体どこでも泊まれる。それ以上登るのであればは1650m~1700mの区間、1750m右俣の少し上で探すことになる。最上流域の平坦地も良いのだが薪に乏しいかもしれない。下山は青屋道が
草刈りされていればこれを使うといい。されていないのであれば同ルートが最も無難。なお、千町尾根の登山道は地形図の位置から少し北側へとずれているため注意。

<装備>
沢慣れした人間であれば特に何も要らない。

<快適登攀可能季節>
7月~10月 高山植物を愛でるといい。

<博物館など>
千光寺:円空ゆかりのお寺で作品を豊富に所有する寺。定番の不動明王はもちろん、宇賀神や水神もいい。しかし、千光寺保有の円空仏といえば鬼気迫る傑作の両面宿儺であろう。円空仏のなかでは複雑で力強く彫られており印象深い。

2025年7月9日水曜日

大武川 赤薙沢ミツクチ沢





















 脆い岩は危ないから登りたくない。何なら固い岩だって登れば高くて危ないのであんまり登っていいものではないと思う。それでも登るのは自然の摂理を体得するため止むに止まれず、しゃーなしでやるのである。
 ミツクチ沢は以前から行きたかった。南アルプスの中でも崩壊が進んだ谷で、上部は石空川北沢と不思議な地形を形成している。これで訪れるべき理由は十分ある。が、ボロイという前評判があり、前頭葉がしっかりと働く若年期は適切にブレーキが効いていた。しかし中年になると徐々に認知機能は低下し抑制ができなくなる。加えて膝や足首など関節には不具合が出てくる。こうなれば危険登山者一丁上がりである。

 赤薙沢に入ると赤薙の滝が激しい連瀑となって落ちる。これは登れなさそうなのが続くので一気に高巻いた。ミツクチ沢に入ると脆くない登って楽しい小滝が連続する。そう、こうして油断させるのが彼らの手口なのである。側壁が立ち始めると谷中に巨石や土砂の堆積がえらいことになる。すぐに現れる左側にチョックストンがある滝が技術的には核心となる。左岸側のスラブから凹状を登りスラブトラバースをして最後はワイドクラック。こうして記載すると内容が多彩で面白しろそうだがボロさがあり危ない(しかしクライミングは面白い)。次に現れる二段30m滝は下段をフリーで登り二段目からクライミングスタート。水を浴びながら登ることにになるが、ここは少し岩が固く楽しめる。二段目上部は崩壊したような岩なので、たまらず右トラバースして灌木へと逃げた。以後は連瀑に次ぐ連瀑で標高をぐいぐい上げる。普通の沢ならばボーナスステージなのだが岩がぼろかったり、ガレが堆積した巻きになったりと緊張が続く。最上部で左に入ると瀑布が宙を舞い、水がガレに消える大滝が現れる。周囲の崩壊地形から巻きは絶望で少し戻って右岸ルンゼを登って尾根に出ることとした。右岸ルンゼから左へトラバースすると首尾よく木登りで標高を稼げる。垂直の悪い木登りを続けると無事に尾根に飛び出す。ここから離山までの道のりもスリリングで気が抜けない。山頂付近はボルダーと砂が織りなす景観で眼前には赤石沢奥壁と甲斐駒が岳が重厚に構える。離山は登りごたえのある隠れた名山である。筆者らは石空川北沢を下降したがこれも巻き降りや懸垂を含めて歯ごたえがあり良かった。フィナーレが精進ヶ滝の懸垂というのも締りがあってよい。

 ミツクチ沢は緊張感の漂う沢で好みが分かれるだろう。崩壊はエネルギーの発散といえる。その場に身を置くことで地の揺動に共振する。登りながら変動する周波数に応じて怖かったり、嬉しかったりするのが良い。この沢を訪れるのであれば離山を必ず登ってほしい。ミツクチ沢はこの山を登ってこそ価値があると思う。さらに北沢の下降を含めて極めて良質な登山であった。今後も認知機能の衰えが齎す新発見が楽しみである。

<アプローチ>
林道のダートが始まる手前のキャンプ場のある堰堤スペースに駐車する。走破性のある車なら林道を進めるが、ゲートが割と近くにあるので意味がないと思う。林道を歩いて適当に最終堰堤のある所から入渓する。ミツクチ沢内に幕営適地はない。強いて言えば1600m付近の三俣だろうか。ここに幕営すると翌日の行動が長くなりつらい。北沢源頭離山南の平坦地は素晴らしいテンバで、三俣手前の段差となっているところは奇跡的に水が汲める。ただし、枯れていることもありうるので過度な期待は禁物。北沢を下降すると適宜よいテンバがある。

<装備>
カムワンセット、ピトン各種。ラバーでもフェルトでも登れると思う。フェルトならばクライミングシューズを持っていくといい。

<快適登攀可能季節>
6月~10月