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2026年8月26日水曜日

黒部川 餓鬼谷

 




































 
 生活から遠い文化の発展は気づきにくい。黒部川流域の地質や造山運動の理解がここ十数年で格段に理解が進んでいることを知っている富山県民はどれくらいるのだろう。20年前は滝谷花崗岩が世界一若い花崗岩とされていたが、現在は約80万歳となる黒部川花崗岩が世界一となっている。さらに黒部川流域の隆起速度が衝突帯でもないのに7.5㎜~10.2㎜と異常に速いために新しい花崗岩が露出していること、その隆起が速い理由は沈み込み帯火山弧によるマグマによって温められたが地殻が脆弱化し、沈み込み時の圧縮力に対しての隆起が早くなるというメカニズムの理解まで進んでいる。これは世界の沈み込み帯の隆起を説明できる可能性がある成果だと思う。黒部というフィールドでの活動によって人類の世界観が明確なっていることは県民として嬉しいことである。悦ばしきことに沢登りができれば、その黒部の自然を直接的に五感で味わうことができるのである。

 餓鬼谷は黒部川流域きってのエンタメ渓である。爽やかな渓相と恵比寿ノ滝周辺のゴルジュ連瀑はもちろん秘湯野湯マニア垂涎の餓鬼の湯という温泉が存在からである。川湯がある温泉は日本に幾つかあるだろうが沢登りがこれほど面白い沢もあるまい。更に黒部川花崗岩が分布しており下部はあのパンダ石が見られるのである。温泉旅行と黒部川花崗岩の観察を兼ねて訪れた。
 
 出合いの滝はスラブ状で登れそうだがあまりにも簡単に巻けるので巻く。下部のゴルジュは水量も豊富で直登が難しいものが現れる。部分的にロープを出すが巻きはそれほど難しくない。ゴルジュの抜け口で黒部川花崗岩に含まれるエンクレーブの元となった可能性のある岩を見つけて盛り上がる。新しい黒部川花崗岩といっても年代に差はあって大体2万年単位でマグマの貫入があったと考えられているようだ。よーく目を凝らすと似た岩のようで違う岩があるのは火山活動2万年の境界なのだろう。遡行中に2万年単位で時が流れたようで面白い。
 ゴルジュを抜けると開けた川原となり割合直ぐに餓鬼の湯に到着する。餓鬼の湯は全て右岸側から湧出しており、大体長さ300~400mくらいの範囲に存在する。川の水と混ざり合って奇跡的に良い湯加減になっているところがあるはずなので、そこを探して整地して湯としよう。バイオマットの繫茂も綺麗にして立派な露天風呂としたらあとはゆったりと楽しむ。なお地熱がすごいので右岸側で寝ない方がいいだろう。
 温泉から恵比寿ノ滝まではゴルジュになった小滝が出てきて巻いたり登ったりする。ラインの自由度は比較的高いので登り、巻きいずれもやりやすい部類だと思う。岩は暗色包有岩かと思いきやゼノリスが混じっているので注意して観察されたし。恵比寿ノ滝の付近は奇瀑と美瀑のカーニバルで登っても観ても楽しい。その後大黒鉱山跡がすごいスケールで展開してこれまた驚く。唐松岳へ詰め上げる沢は途中で泥岩ミニゴルジュが出るがその後は猛烈なガレと雪渓となったので2250mくらいから登山道の方へエスケープ。登山道は廃道が決定しており崩れが顕著な箇所もあるが唐松までは問題なかった。八方尾根は本物のカーニバル開催中かと思うほどの人だかりだった。皆さん楽しそうでいい。近年の八方尾根は毎日カーニバルなのかも知れない。

 餓鬼谷は変化に富んだ内容、エンターテイメント、手頃な遡行難易度から黒部川でも屈指のお勧め渓。そして富山県民であれば黒部の大地の恵みを享受するべく来訪必須の渓谷といえよう。

<アプローチ>
黒部鉄道トロッコ欅平から歩いて折尾谷を下降して取りつくか、阿曽原温泉小屋の斜面から本流に降り立ち本流を下降して取りつく。欅平~唐松岳の登山道は崩壊が相次ぎ廃道化が決定した。下降路は①草木に埋もれ完全に廃道となる前に藪を漕いで旧道を降りる、②猿猴沢を下降して欅平へ、③八方尾根又は遠見尾根を降りて白馬へ至るの3通りが考えられる。幕営が可能な箇所は随時現れるが行程と楽しみを考慮した適地は温泉地帯の適当な箇所にある左岸、大黒銅山後の広い川原の2箇所となる。

<装備>
カム0.3~1.0、ピトン各種。足回りはラバーの方がいいと思う。

<快適登攀可能季節>
8月~10月 残雪、寒さ、害虫など各種事情を鑑み判断されたし

<温泉>
とちの湯:宇奈月温泉総湯は駐車場も無いし、露天風呂もない。山屋のみなさまはこちらへどうぞ。

<博物館など>
うなづき友学館:黒部市立図書館の分館と歴史民俗資料館が併設している。何と言っても1/2愛本刎橋が見ものの博物館である。30年おきにかけ替える刎橋だが、当時のオーソドックスな橋脚がある木造橋の架け替え頻度ってどのくらいだったんだろうか。もっと深く橋の構造比較をしてくれればありがたいと思う。このほか、稚児舞や七夕といった地域の祭事展示も興味深い。

シーラカンス毛利武士郎記念館:晩年を富山で過ごした沈黙の彫刻家、毛利武士郎のアトリエを改装して作られたアートギャラリー。代表作である哭Mr.阿の誕生や工作機械を用いて作られた謎の金属造形が常設展示されている。

<グルメ>
よか楼:昨今話題の町中華的定食屋。コスパという卑しい概念を持ち出さなくても味で選べる良店。ジビエ料理も時折そろえる。

2026年8月4日火曜日

弥太蔵谷 450m左岸支流
















 弥太蔵谷の地図を見ているといつも不思議な気分になる。流程が長く本流然としている瀬々薙谷の源頭は負釣山で標高は高くない。他方、瀬々薙谷と分かれた後の右俣は直ぐに3つの同水量の支流に分かれて本流という感じはない。次に本流候補であるのは分水嶺となっている境界尾根の最高峰を流れる沢だろう。朝日町、黒部市、白馬村の境界が決定していないので「境界尾根とはどこなのだ」という問題があるが、ここでは弥太蔵谷水系の水源である朝日町と黒部市の県境となる二等三角点朴ノ木~猪頭山~森石山を境界尾根ということにする。この境界尾根の最高峰は無名の1,397m峰である。このピークに突き上げる沢の流程は短く沢の名前もはっきりと解らない。境界が不明だったり、本流がはっきりしなかったりと不思議な地域である。何はともあれ高い所を登るのはいい運動になるのでこの450m左岸支流を登ることにする。

 弥太蔵谷と分かれると谷の水量は明らかにこちらが少なく本流感はない。集水面積が小さいからであろう。訪れた日の前の週に宇奈月では7月観測史上最大の一時間雨量を記録した。この爪痕なのか増水跡と多くの土砂倒木が谷を埋めていた。猪頭山へ向かう支流を分けるまでは2つほど大きな滝が出てきたが上手いこと高巻くことができる。1,397mへ向かう沢に入ると登れる滝が連続するボーナスステージとなる。リズムよく登れる小滝から20mクラスのシャワークライミング滝まで出てきて頗る楽しい。谷が浸食されていて釜も有ったりするのがいい。この区間だけ駐車場から近くにあったら大盛況の沢となっているだろう。岩は概ね硬いので快適に登れるが落ちるとヤバい所もあるので慎重に。最高峰へ向かってもすんなりと帰れないので北側へ向かい尾根を乗越し弥太蔵谷へと戻る。下降した谷は途中大水量の湧水が合流して水温が低い沢であった。下降する上若狭谷へ向かうために弥太蔵谷を登って行く。750m地点では意外なゴルジュ滝が現れて右岸をクライミングした。分水嶺の境界尾根はブナの森で美しい。上若狭谷の上部では懸垂の連続となったが概ね容易な範囲であった。上若狭谷の方が増水の爪痕が大きく被害が大きいようであった。

 450m左岸支流の左俣は楽しく登れる好渓である。ただ瀬々薙谷へと繋げるラインと比較したときにはやはり劣る。弥太蔵谷を深く楽しむ地元民向けの沢であろう。次は猪頭山を目指す支流を登ってみたいものだ。ところで、沢の上部でカワネズミを見かけた。彼はあの大雨をどのようにやり過ごしたのだろう。大雨で川虫やイワナが減って心配ではあるが、まずは無事の確認が取れてよかった。昨年に比べて魚影は随分減った気がするが土砂に埋まった沢に泳ぐイワナもいる。彼らの強かさが気候の変動にも対応してくれるように願ってやまない。

 <アプローチ>
弥太蔵谷出合いから少し進んだ路肩に駐車して入渓。下山路をどこに取るか次第で車を二台で行った方がいい。筆者らは小川温泉へ下降したので一台そちらに回した。筆者らは弥太蔵谷上部の790m付近の左岸台地を造成して幕場とした。多少の雨ならば耐えられるが増水跡の範囲であった。大雨の後で地形が安定しない状態だったので快適な幕場については言及しがたい。下降した上若狭谷は上部は滝が連続して懸垂が多いが地形図で水線が示されている箇所からは容易となる。

<装備>
カム0.3~1.0、ピトン各種。足回りはラバーでもフェルトでもいいかも。泥壁草付きが多いのでハンマーはピックが長いほうが有利。

<快適登攀可能季節>
7月~10月 残雪、寒さ、害虫など各種事情を鑑み判断されたし

<温泉>
とちの湯:宇奈月温泉総湯は駐車場も無いし、露天風呂もない。山屋のみなさまはこちらへどうぞ。

<博物館など>
うなづき友学館:黒部市立図書館の分館と歴史民俗資料館が併設している。何と言っても1/2愛本刎橋が見ものの博物館である。30年おきにかけ替える刎橋だが、当時のオーソドックスな橋脚がある木造橋の架け替え頻度ってどのくらいだったんだろうか。もっと深く橋の構造比較をしてくれればありがたいと思う。このほか、稚児舞や七夕といった地域の祭事展示も興味深い。

シーラカンス毛利武士郎記念館:晩年を富山で過ごした沈黙の彫刻家、毛利武士郎のアトリエを改装して作られたアートギャラリー。代表作である哭Mr.阿の誕生や工作機械を用いて作られた謎の金属造形が常設展示されている。

<グルメ>
よか楼:昨今話題の町中華的定食屋。コスパという卑しい概念を持ち出さなくても味で選べる良店。ジビエ料理も時折そろえる。

2026年7月21日火曜日

金木戸川 1625m右岸支流

 















 花の時期に黒部五郎へ登りたいと思った。しかし、黒部川上流の五郎沢から登るとなると折立の大混雑や山中の騒がしさが辛くて楽しめないだろう。南側の金木戸川には滝マークがある急峻な谷が山頂まで続いている。これならば静かで面白い登山ができると思ったのである。
 長い林道歩きをこなして古道歩きに興じようとした途端に道が荒廃した。見切りをつけて沢へ降りる。取水されていない金木戸川の流れは重い。本流遡行の醍醐味を味わいながら目標の1625m右岸支流に到達する。
 出合は美しい2段滝になっておりこれは快適に直登できる。スラブ状小滝を幾つか挟んで美しい30m直瀑が現れる。直登は難しいのでロープを出して右岸ルンゼを登る。沢を復帰し暫しゴーロとスラブ小滝を登ると再び40m級の直瀑が登場。この直登も難しいので巻きあがるとスラブを基調とした川原になる。さあ、あとは体力勝負の詰めだな。と思っていたら登って楽しく美しい小滝が連続して全然飽きさせない。地形図で薄っすらゴルジュっぽくなっているので何かあると感じたのが正解であった。側壁のニッコウキスゲが余りに美しくぬらりと悪い巻きにも彩りがある。地質図では花崗閃緑岩などと記載されているが、斑れい岩らしき岩と礫岩も有ったりして良く解らない。しばしば断層みたいな直線的なボロイ層もあったがあれは何だろう。その後も小滝とナメを楽しんで稜線直下へ。期待通り百花繚乱の花盛りで月の裏側を見たような感動に打たれた。短い開花のさなか慌ただしく働くマルハナバチが愛おしい。斜面に目をやるとコバイケイソウの当たり年のようで正に大花畑である。黒部五郎の山頂から眺めるカールに残雪が驚くほど少ない。植物や動物たちはこれからどうなるのだろう。残された短い時間ではあるが自然の変容を観察するのが楽しみでもある。
 下降した谷はややオープンとなっている地形で上部は易しく快調に下れる。こちらの谷の方が堆積岩の割合が多く巨岩やゴルジュは殆どない。本流出合から高差300mくらいはクライムダウンと懸垂の連続となり少し時間がかかる。最後に核心があるというのはクライミングにおいて一番面白い。本流に着くとほっと安心。狙い通り静かに沢登りをしながら花を堪能できるいい山登りであった。

 誰が登るかわからない沢ではあるが登りごたえ十分であり遡下降を1日でこなすと身心ともに充実する。登りたい山を基準に沢を選ぶと時に嬉しい発見がある。この沢だけを目的にすると所要日数と内容が物足りない人もいるかも。そんな場合は夏休みに黒部源流逍遥ツアーや上ノ廊下下降と組み合わせるのはどうだろうか。北アルプスの深みを堪能する遊びはいいものである。

<アプローチ>
双六ダム手前に駐車して歩く。双六ダムはR8年まで工事中のため工事実施日は上流に車を入れる事が出来ない。昔は金木戸川の上部まで林道が入れたものだが、今はゲートは解放されていないし、鍵は割合厳重。1192mの最終取水堰堤から先だが、以前は歩道があったが今回崩壊したのか道が見当たらなかった。さっさと諦めて川へ降りると渡渉と巨岩を登下降する本格本流遡行開始となる。金木戸川本流は水量が多いのでコンディションよっては行き詰まるので注意。幕営は1570mくらいの右岸に適地がある。1625m右岸支流を登った後は1580m右岸支流を下降した。上部は非常に下降しやすいが1850mからクライムダウンと懸垂を繰り返す沢となる。




遡行と下降を併せるとまるっと1日掛かりの行動になる。下降の最後に核心が待っていることから時間的に無理をしない方がいい。1580m右岸支流の1850mより上部には幕営適地が散見されるので無理せず一泊するのも良いかも。

<装備>
カム一式、ピトン各種、足回りはラバーソールがいいと思う。

<快適登攀可能季節>
7~9月 残雪の量次第だが7月から登れるケースもある。金木戸川本流の水量が最も注意すべき事項かもしれない

<温泉>
割石温泉

<博物館など>
江馬氏館跡公園:江馬氏は室町時代~戦国時代に北飛騨地域を治めた豪族武将である。その時の武将が室町時代に命じて作庭させたのが会所庭園である。来客をもてなす為に作られた石庭は失礼ながら地方豪族が設計したとは思えない瀟洒さで都の風を感じる。作庭費用は鉱山で得た資金を投下したのであろうか。飛騨が天領となった元禄以降は田に埋められてしまったが、昭和に発掘され再現されている。すごくいい庭なのにお庭を眺めながらお弁当を食べられるというフレンドリーさよ。

高原郷土館:鉱山資料館、神岡城、旧松葉家と3つの博物施設が集まった公園。神岡城内では神岡の歴史を概観でき、鉱山資料館では昭和における採掘~精錬までの工程をビデオで学習できる。鉱山資料は少し情報が古いものの鉱業の現場を知ることができるので貴重。そして最も推したいのが松葉家。神岡に現存した合掌造りで農具、山仕事道具(刃物含む)養蚕具が3階建ての中に所狭しと並ぶ。背の高い人は上階で頭をぶつけないように注意。
なお、近現代の生活に関する書物は「奥飛騨山郷生活文化の記録」が面白く、土木開発については「土と木と水と人と : 建設概史」が概観にふさわしい。どちらも国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可