2018年1月31日水曜日

小秀山 夫婦滝





今後、風俗店を経営する機会に恵まれたならば「乙女峡谷」という店名にしようとおもう。乙女というのは文字通りうら若き婦女子である。峡谷と言うのはご存知の通り、両岸切り立った壁が続いた、沢屋の大好きな地形であり暗喩的に利用している。つまり、うら若き婦女子が両岸切り立つように貴方をおもてなしいたします。という意なのである。ただ、峡谷という言葉が一般的ではないので渓谷にしようかとも考えている。水と婦女子の親和性は非常に高い。多くの沢屋がゴルジュに卑猥な感情を抱くのもその為であろう。そのような、無意識で根源的な観念がアニミズムや道祖神信仰を生み出したのかもしれない。そういえば、筆者の生家から徒歩3分の距離にあった風俗店の店名は「龍宮城」であった。これは自然史的な背景だけではなく、昔話の文化的要素も盛り込んだ秀逸なB級名称である。また竜宮城は嬢についての形容は一切言及していないのが素晴らしい。乙女峡谷の場合、実情は乙女ではないのでクレームを招く恐れがある。

小秀山の登山道途中にある乙女渓谷はもちろん風俗店ではない。流紋岩質の硬い岩盤をいくつもの滝が水を落とす本物の渓谷である。この渓谷中で最も大きい滝が男滝であり、すぐ横には女滝がある。どちらも50m以上の高さがある名瀑布で、冬季には全面氷結するためアイスクライミングの対象となる。どちらも傾斜は90度はなく弱点を突いたラインであれば初心者でもスケールの大きなアイスクライミングを楽しむ事ができる。富山からは少し遠いのもの気軽にスケールの大きな氷を味わえる有りがたい場所だ。滝を構成する岩は固い上、傾斜も程よくクラックも発達しているので、無雪期の登攀もまた楽しかろう。

男滝に寄り添うように青光りした垂直の氷が発達していた。女滝よりスケールは小さいものの、硬そうな氷質と傾斜から困難な登攀が予想される。これは妾滝というらしい。夫婦滝なんだから「子宝滝」等のほのぼのとした名前を付ければいいものの、何故妾にしたのであろうか。人間の業を表わしているようである。乙女渓谷は風俗店なんてライトな場所ではなく、もっとヘビーな愛憎渦巻く大ゴルジュであったのである。

<アプローチ>
国道257号の舞台峠から程近いB&G海洋センターのある道を左折し乙女渓谷への看板に従う。キャンプ場までは除雪されていた。駐車場に駐車して立派な遊歩道を歩き夫婦滝へ。下降は懸垂下降で。

<装備>
スクリュー10本くらい。

<快適登攀可能季節>
氷を登る場合2月

<博物館など>
加子母の大杉:樹齢千年はあるであろう大杉。立山杉とは異なり真っ直ぐ幹を伸ばした様大迫力である。幹から伸びる枝は普通の杉一本のサイズがある。全然話題にならないが本当に素晴らしい大木でこれを拝むためだけに訪れる価値がある。



本神社の境内内には文覚の(と言われている)墓がある。文覚は平安時代の北面武士出身の僧である。院に使える武士であった文覚は叶わぬ恋の末、誤って想い人を殺めてしまう。罪を悔いて出家して難行苦行を修め影響力のある怪僧として名をはせた。波乱万丈で気性の激しい人物であった事から絵画や彫刻のモチーフとして好まれてきた。その中でも荻原守衛の彫刻が印象深い。荻原守衛もまた叶わぬ恋に懊悩した末に夭折した芸術家である。その葛藤を文覚に顕したのであろう。この彫刻は安曇野市の碌山館で展示されている。それにしても夫婦滝も含めて乙女渓谷は色恋沙汰に騒がしい場所である。そういえば、同時期に活躍した北面武士出身の歌僧、西行もそんな人だった。文覚と西行の逸話も興味深いので調べていただけると幸いである。

<温泉>
下呂温泉白鷺の湯  :下呂温泉にある公衆浴場。銭湯らしからぬ外観と綺麗なお風呂そして370円の安さが魅力である。

2018年1月24日水曜日

六百沢の岩場 右支流奥壁








六百沢のゴルジュが本格的に始まる辺りから左岸にゴルジュ支流が流れ込んでいる。この支流に入ると直ぐ奥に高差150m弱の壁が展開している。ベルグラの発達した幅広の壁は非常に見栄えが良いい。壁の質としては下又白前壁に近いが、部分的な傾斜はこちらの方が少し強い。筆者らは壁中央の凹状を辿った。下部2Pがこの壁の白眉だ。しっかりベルグラの張ったタイミングであればランナウトのスパイスを肴にぐいぐいぐいと飲み乾せる。北面に吹き付ける季節風が爽やかな喉越しに花を添えてくれるだろう。上部の藪も愛嬌があってよい。草付きアックスと木登りも最後の締めとしては丁度良い全身運動になる。

それにしても上高地の沢の入り口はなんと解り難いのだろうか。花崗岩質でゴルジュ地形になっている六百沢も例に漏れない。かつて湖であった上高地である。沿岸部は湖沼の堆積作用により平坦になっていたことだろう。水が抜け、水位が下がったためこのような地形になったのだろうか。植生も何と無く新穂高と違っている気がする。今後も各沢の水源から本流までの距離、集水面積、さらに地質を考慮しで自分の眼で調査していきたいものである。

<アプローチ>
沢渡か坂巻温泉に駐車。坂巻温泉の駐車料は一日600円。富山から大体2時間30分あれば着く。六百沢の入り口は解り難い。初めてであれば明るくなってから取り付いたほうが無難。下降は同ルートが無難だ。六百沢はゴルジュ地形内にルンゼが多く集まっており、非常に雪崩のリスクが高い谷である。北面であることを勘案すると、一雨入り冷え込んだタイミングが安全でベルグラの発達も期待できる。

<装備>
カム少々、ピトン数枚、トライカム、アイススクリュー(氷が厚ければ)

<快適登攀可能季節>
1月~3月くらい。

<博物館など>
福地温泉で日本最古の化石が発見されている。年代は古生代オルドビス期~デボン紀。即ち5億年~3億6000年前である。残念ながら冬期登攀後は観察できない。

<温泉>
坂巻温泉、平湯温泉

2018年1月21日日曜日

六百沢の岩場 左岸大滝







明神岳周辺の岩場は全体として南向きのためコンディションの変動が激しい。一方、霞沢岳から六百山の岩場は概ね北面向きのため比較的毎年安定していると考えられる。小梨平から程近い六百沢の岩場は明神岳の岩場と比してスケールが大きくない上、難しさも幾分マイルドに仕上がっている。そのため、コンディションさえ掴めれば比較的万人に楽しめるエリアだと思う。

六百沢に入って、右側から出会う二つ目のルンゼの先には大きな氷がかかっている。全長60mくらいで登り易いながらも変化に富んだ氷瀑で面白い。その直ぐ左の岩壁にもベルグラが発達し、凡そ2Pで雪面まで抜ける事ができる。支点はクラックからもしっかり取れるので安心だ。このルンゼだけで氷と岩どちらも1日十分に楽しむ事ができる。

六百沢の岩場は花崗岩であった。対岸の明神岳は安山岩である。六百沢の岩場が支点良好であるのは岩質の違いによるところが大きい。性質の違った岩場が至近にあり、どこも違った味わいがある。これが穂高山塊の魅力なのかもしれない。

<アプローチ>
沢渡か坂巻温泉に駐車。坂巻温泉の駐車料は一日600円。富山から大体2時間30分あれば着く。六百沢の入り口は解り難い。初めてであれば明るくなってから取り付いたほうが無難。六百沢はゴルジュ地形内にルンゼが多く集まっており、非常に雪崩のリスクが高い谷である。北面であることを勘案すると、一雨入り冷え込んだタイミングが安全でベルグラの発達も期待できる。

<装備>
カム、ピトン数枚、トライカム、アイススクリュー。

<快適登攀可能季節>
1月~3月くらい。日も当らず風も吹き抜けて寒いので大滝は毎年凍ると思う。

<博物館など>
福地温泉で日本最古の化石が発見されている。年代は古生代オルドビス期~デボン紀。即ち5億年~3億6000年前である。残念ながら冬期登攀後は観察できない。

<温泉>
坂巻温泉、平湯温泉

2018年1月10日水曜日

明神岳2263m峰 西壁大凹角






「人は見かけによらぬ」という金言がある。ご存知の通りこれは人の性格や能力は、外見だけではわからないという意である。取れたての泥付き馬鈴薯のような容姿をしている筆者にとって「中身で勝負すべし」というメタファーを含んだありがたい金言なのである。

明神岳2263m峰西壁にある大凹角ルートでは先の金言を深く味わう事ができる。一見、傾斜は非常に緩く全然問題なさそうに見えるが、登ってみればその刺激的な面白さの虜になるのである。出だしは支点が取り辛い凹状から登る。ベルグラがしっかり張っていればランナウトも怖くは無いだろう。一段上がると支点はぼちぼち取れるはずだ。60m弱で潅木まで届くだろう。そこからは、コーナークラック沿いにスラブを登る。このコーナーは細かいフッキングとワイド的なムーブを駆使する。動きが多彩でとても面白い。注意深く探れば支点は4mおき位でとれると思う。50m~60m、計3pで壁は終了し、抜けた先は少し広い雪田となっている。日当たりが良く気持ちいい場所である。

取り付くまでは楽勝と思っていたが、そんな事は無かった。クライミングでは取り付くと思ったより難しく充実する、と言う事はよくある。しかし、慧眼をもって観察すれば登攀内容は正確に推し量れるはずだ。どなたか泥付き馬鈴薯の旨みを推し量って頂けると嬉しいのであるが、そんな気配は一向に無い。やはり人間もクラックを発達させた取り付き易さこそ、人気の秘訣なのであろう。逆層スラブの怪我を負う可能性のある壁、スパイシーな馬鈴薯も時には愉しいよ、と細く小さい声で主張しておく。

<アプローチ>
沢渡か坂巻温泉に駐車。坂巻温泉の駐車料は一日600円。富山から大体2時間30分あれば着く。西壁S字ルンゼを登り、ゴルジュ手前左岸にある大きなルンゼが大凹角である。下降は右岸側の藪を使っての懸垂下降が無難だと思う。壁の上部は緩い雪田となっているので、晴天時はスノーシャワー(雪崩)に注意した方がよい。

<装備>
カム一式(#1-3が良く使える)、ピトン薄刃~ロストアローサイズ、トライカム。

<快適登攀可能季節>
12月~3月上旬くらい。西面は南面、東面と比べると遅くまで楽しめそう。ベルグラが発達したタイミングで登る事が出来れば難易度は下がると思う。

<博物館など>
福地温泉で日本最古の化石が発見されている。年代は古生代オルドビス期~デボン紀。即ち5億年~3億6000年前である。残念ながら冬期登攀後は観察できない。

<温泉>
坂巻温泉、平湯温泉

2018年1月4日木曜日

硫黄尾根











 槍ヶ岳の西鎌尾根に繋がる硫黄尾根は、長いながらも中弛みすること無い素晴らしい尾根である。硫黄岳前衛、赤岳前衛、赤岳主峰と3つの岩稜帯の登行には華やかな登攀力ではなく確実な歩行能力が必要。登り一本調子である槍穂西面の尾根と違い、岩峰ピークを幾つも連ねているのでワンランク上の歩行技術が要求される。そして岩峰中は弱点を縫うようなルートファインディングが重要である。もちろん、岩稜帯以外ではラッセルが続くので体力も必要だ。このように小手先の能力だけでは通用しないのがいい。筆者は転進として訪れたので全く下調べ無く取り付いたが、それも楽しめる要因となった。細かなライン取りを調べては面白くない。尾根ルートはラインを判断するのが醍醐味である。

 さて、気がかりなのは何故槍ヶ岳北面はギャップを連ねた面白い尾根が形成されたかという点である。先に述べたように槍穂西面はぐっと一気に標高を上げる短い尾根が多い。一方、北面は硫黄尾根に北鎌尾根と面白ルートが並んでいる。私見ではあるが、これは方位と造山運動が働いた向き、そして岩の性質に起因するのではないかと思う。北面、東面には雪が残りやすいので氷河が発達する。北面の千丈沢と天上沢には大きな氷河があった事だろう。これは現在の地形から読み解く事ができる。氷河によって削りとられて谷が深くなることで、長い尾根となったと考えられる。高瀬川は大規模な断層線谷である。具体的な作用を推し図れるほど知識は無いが、西面と北面では隆起速度に違いがあったのではないか。そして風化しやすい花崗岩中の破砕帯部分が崩壊する事でギャップが生まれたと推察される。特に赤岳周辺は火山活動による硫化物が酸化し、より岩が脆弱となっているのであろう。

 一つの山でも登り方を変えれば、別のドラマを想起させられる。アマチュアにはその想像が正解かどうかはどうでも良いのだ。悠久の自然の営みに思いを馳せる、ただその時間が愉しい。北アルプスは色々な想像を掻き立てられる素晴らしい山域なのである。

<アプローチ>
 葛温泉に駐車し高瀬ダムから湯俣方面へ。駐車はお堂のある辺りであれば、除雪作業の影響は少ないと考えられる。湯俣までは良く整備された登山道であるが、湖畔の林道歩きは小ルンゼを跨ぐので実は危ない気がする。
 湯俣からは登山道を歩くが厳冬期はラッセルを覚悟した方がよい。尾根への取り付きはつり橋を渡り、北鎌尾根の登山者が利用している道を利用して上流へトラバースし、岩場帯を迂回した適当な所から尾根に乗りあがる。幕営ポイントは随所にあるが、赤岳前衛峰の後半からはあまり良い場所が無い。下降は北鎌尾根が困難かつ合理的である。一方、新穂高へ降りる方は易しい。年末年始など積雪量が少ないときや、雪が安定しているときは飛騨沢を降りると早い。しかしながら、登山道の槍平~滝谷出合いまでは雪崩のリスクが高く降雪中の下降は注意が必要である。場合によっては中崎尾根で降りる方が早くて安全だと思う。

<装備>
ストレートシャフトのアックスがお勧め。アックスは二本有ったら登り易いが一本でも問題ない。軽量化で臨むのであれば、山スキー用のアルミピッケルでも十分だと思う。尾根上は残置だらけだが、念のためピトン数枚とスリング少々。ロープは50mで十分。ぶち落ちるような事はないので細径ロープでいい気がする。

北鎌尾根の千丈沢側には岩壁が広がっている。写真を幾枚か掲載するので登攀の際には参考として頂けると幸いである。





<快適登攀可能季節>
12月~4月。北アルプスの中では天気が良い地域なので、厳冬期も狙いやすいはず。富山の山が天気が悪いときの転進先としても利用できる。下部の藪が旺盛なので、雪が少ないと面白くなさそう。尾根にはシャクナゲが繁茂していた。新穂周辺では見慣れないので不思議であった。5月の連休あたりだと氷雪が少なくなり、快適さと面白さが低減してしまうかも。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。ボルダリング壁も一回100円で一日利用可。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。

<温泉>
上原の湯:400円で石鹸&シャンプーが付いている温泉。
薬師の湯:温泉博物館と酒の博物館が近くにある。600円。

<グルメ>
昭和軒:大町駅近くにあるカツ丼の店。大盛りはプラス100円で凄い量が食べられる。