北アルプスで最も山深いのは冬の上ノ廊下周辺だろう。そのなかで冬の薬師岳東面は大きく泰然と構えている。赤牛岳からの眺望は周囲の穏やかな山稜と調和した絶景であり自然の妙味幽玄を味わうことができる。薬師東面の雪稜は北から順番に金作谷から延びる北薬師東稜、山頂へ直接至る中央稜、東南稜へ通じる第一稜、第二稜、第三稜とあるが冬はしばしば登られている。かつて第二稜を登ったので第一稜か中央稜を登り剱岳へ縦走するつもりで入山。
厳冬の上ノ廊下は三度目ですべて別のところから渡っているが、どこも下ノ廊下より神聖な雰囲気を感じられるのがよい。第一稜と中央稜を両にらみできる1692m地点の渡渉であったが、天気めぐりの都合から中央稜を登ることにした。下部は雪の付着が少ない藪の急坂だったのでアイゼンをつけて1ピッチロープを出す。以後の樹林帯はしっとりとラッセルを楽しむ。下ノ廊下よりも標高が高いので乾いた雪が嬉しい。森林限界は2450m付近でここまでは随意平坦な所を選んで幕営できる。核心は想像と見た目通り2550mからとなる。ちょっとした岩場であるがプロテクションはハイマツが使えるので問題ない。難しくはないが荷物が重いので慎重に登ったほうがいいだろう。最後の緩傾斜帯は神聖な領域に踏み入れる前のカーペットのよう。漫として登っていると意外な感じで山頂に至る。直接山頂へ登ることができる爽快さが中央稜の魅力といえよう。山頂で確認した天気予報に恐れおののき立山~剱岳への縦走を諦めて北薬師岳から下降した。丸山へと至るこの尾根は美景でこれも嬉しい発見であった。
冬の上ノ廊下にはまだまだ味わっていない魅力が沢山ある。今回登らなかった第一稜にも行きたいし、雲の平と高天原逍遥からの第二稜リピートも良さそうだ。上ノ黒ビンガ正面壁も再訪したいし、下ノ黒ビンガも見てみたい。そして剱岳へ縦走したらきっと充実するはず。薬師岳まわりでの富山市内散策は魅力は尽きない。
<アプローチ>
入山場所は幾らでも考えられるが葛温泉からブナ立尾根や竹村新道の尾根から登って赤牛岳北西稜を下降して取りつくのが容易だろう。下部は金作谷側と黒部川1692m地点側からの二手に分かれている。筆者らは1692m地点から取りついた。ここへの下降はできれば不思議なピークのある尾根よりも北側の曖昧な尾根をそのまま下降して懸垂下降1回で川に降りると渡渉はひざ下で楽勝である。それより上流側は腰付近まで水が届く。中央稜の幕営適地は森林限界以下と頂上へ向かう緩傾斜帯である。上部の方は傾斜は緩いけど風は強いので天気が良くない限りお勧めしない。下山路もいくらか取れるが、折立方面は長く辛そう。真川へ降りて立山駅に向かう方が楽であろう。筆者らは北薬師岳から丸山へと延びる尾根を下降したが、森と平原が素晴らしい景観の尾根で楽しめた。剱岳まで縦走して早月尾根を下山できれば最高である。携帯電話の電波が入るところが限られるため、断片的な情報で進行判断することとなり普段よりハラハラする。
<装備>
薬師東面に特別の岩のギアは必要ない。スリングが6本程度あれば十分。ピッケルも攻撃的なものは必要なく軽いやつ1本でいい。急な所が少ないのでストックがあると非常に調子いい。
<快適登攀可能季節>
12月下旬~5月上旬。雪が少ない年末年始には下ノ廊下横断は適さないため上ノ廊下がお勧め。