2019年6月15日土曜日

笹川 七重谷川











なぜ7という数字はこんなにも人を惹きつけるのであろうか。ラッキー7とか、七福神とかは縁起の良い数字として扱われてきた証左だし、政治の世界の頂は主要七か国会議(最近は20カ国だったりするけど)だし、西洋の音楽もドレミファソラシの7音階を基調としている。そんなこんなで、人間の生活は無意識のうちに7に侵食されているのだ。筆者もその例外ではなく、7の付く場所は登りたくなってしまう。

笹川の一支流である七重谷川には七重滝(しっちゃたき)と呼ばれる連瀑が水を落とす。この滝は岩稲累層と太美山層群の断層に懸かり、流紋岩を美しく撫愛するように流れている。均整のとれたその姿から文人墨客の訪れは少なくなく、古くから親しまれてきた。その昔、朝日町は親不知手前の宿場町で栄えていたため、旅人はここに逗留することも多かったと聞く。画家竹下夢二もこの滝を眺めたのだろうか。「七」の由来は諸説あるようで、1)7段の連瀑によるもの2)笹川村を開拓した竹内氏、長井氏、小林氏、堀内氏、深松氏、折谷氏、宇津氏の七家によるもの3)ドレミファソラシによるもの等、自由に説が展開されていて言いたい放題な感がある。個人的には平安時代からこの地を守ったといわれる七家説を支援したいところである。

しかし、この滝を登ったという話は聞かない。上流部は堰堤が連続するため、わざわざ登らないのであろう。この遡行是非問題は、彼の地を開拓した七家へのリスペクトを込めたトリビュートクライムとして動機付けしておけば解決できるだろう。1段目からスラブ状を呈していて登攀向きの滝でない事がわかる。水際から登り右岸の藪に移り、手の付けられないスラブ滝をかわす。しかし各滝の滝つぼは美しいので、降りて見物するのがお勧めである。七重滝を過ぎても流紋岩のゴルジュ地形が楽しめる。しかし岩のフリクションに乏しいので注意が必要だ。沢登りらしい楽しみは巨大堰堤が現れて唐突に終了する。そこから左岸の尾根へ上がると気持ちのよい登山道が拓かれている。沢登りを目的として七重谷川を遡行するのではなく、南保富士へ登りに行く一過程として七重谷川を組み入れれば実に楽しい山登りとなるはずだ。

<アプローチ>
雁蔵集落から七重谷川の橋のたもとに駐車する。すこし林道を歩いてカーブのところから入渓。七重滝を登ってかららのゴルジュを抜けて堰堤が現れたら右手の斜面を登ると遊歩道に上がれる。これを下降すれば容易に戻れる。逆に登れば490mの猪山を経て南保富士へ登る事が出来る。

<装備>
七重滝の登攀でピトン各種と1番以下のカム。水量の少ない乾いたタイミングであればスラブでフラットソールが有効だろう。

<快適登攀可能季節>
5月~11月。

<温泉>
宝温泉、地中海、境鉱泉など越中宮崎周辺は塩泉が多い。

<グルメ>
たら汁が名物だが、はっきり言ってそれほどでもない。量を食いたいのであれば「きんかい」で定食のご飯大盛りを注文しよう。日本昔話級のてんこ盛りが食える。ドライブイン入善の定食も味、量ともになかなか。

<博物館など>
護国寺:別名石楠花寺。とやま花名所に選ばれるだけある庭園。シャクナゲとツツジの時期が素晴らしい。謎の置物も気になる。

朝日町歴史公園:縄文時代の不動堂遺跡が再現されている他、江戸時代町屋であった旧川上家の家屋が当時の状態を保ったまま移設されている。ここでは朝日町名産のバタバタ茶を自分で点てて試飲できる。12月~3月は閉館するので注意。

朝日町立 ふるさと美術館:昨今の大正アートブームで再注目の竹下夢二の作品を所蔵している。江戸~大正期、朝日町の泊は宿場町で大いに栄えており、その盛り場に夢二が訪れていたようだ。妻たまきとの破局事件の舞台は宮崎海岸だ。この情事の続きは朝日町の図書館で。

百河豚美術館:野々村仁清の作品を数多く展示している。デフォルメされた鶏が描かれコップもあり、仁清のモダンな感性を感じる事ができる。他にも話題の伊藤若冲や、尾形光琳に酒井抱一といった琳派ビックネームの作品も展示。

下山芸術の森発電所美術館:きらりと光る興味深い展示をやっている。こちらも12月~3月の冬季は休館するので注意。

杉沢の沢杉:地口か回文のような名称だが素晴らしい場所。田園と防風林の中にポツリ広がる湿地杉林で、まるでもののけ姫の森のようである。近年、入善乙女キクザクラという桜の新種がここで発見されている。この原木は未だ杉沢の沢杉でしか発見されていない。北陸は菊咲きの桜の品種が多いらしい。

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