2024年10月18日金曜日

黒部川 剣沢(剣沢大滝)


 
















     





 剱岳は御存知の通り岩と雪の殿堂と称される。ちょっと待てい!剱岳は西に池ノ谷ゴルジュ、東に剣沢を擁する日本屈指の渓谷登攀のエリアなのだぞ。

 富山県民にとって扇沢駅は全く縁が無い交通機関ではないかと思う。冬に何度も横を通りすがってきたものの初めて利用する。社会見学として一度は利用しておきたい。黒部川沿いの日電歩道は丸東君とガビンちゃんが眺められて素晴らしい登山道だ。水を落とす渓谷もスラブが美しく登ってみたいものだ。白竜峡の渓谷は圧倒され、歩くのも緊張感があってこれまた楽しい。感動に打ち震えていると十字峡に到着するので気持ちを切り替え粛々と剣沢に入渓する。
 剣沢平から先はのっぴきならない雰囲気となる。トサカ尾根末端壁(トサカ状岩峰)と大滝大根末端壁が遡行者に圧力をかけてくる。壁から続く鋸歯状の尾根は冬の課題として魅力的に見える。水量が少なかったこともあり容易にI滝とご対面。滝も特徴的で美しいが右にそびえる大凹角壁もこれまたイカツイ。これも冬に登って大滝尾根に繋げたらさぞ素晴らしい課題だろう。I滝は概ね先人の記録と同じラインを辿り焚火テラスに到着。焚火テラスは信じがたい平坦さで2人テントなら完璧に設営できる。テラスから7mの懸垂の後、これまた先人が拓いたトラバースをする。とんでもないゴルジュの中、高度感のあるトラバースは支点も結構取れるので遊びとして良質だ。緑の台地手前E滝横で懸垂したらあとは登るのが脱出する条件となる。D滝は大西良治さんのラインから登った。D滝下部は雪崩で洗われボルトは抜落するので残置物を当てにしてはいけない。D滝左岸のビレイポイントとなる岩は黒部川花崗岩に典型的な暗色包有岩で可愛らしい。その可愛らしい岩の上をヤマアカガエルと思われる生物が歩いておりほっこり。C~B滝は嫌らしいスラブトラバースでやり過ごし、引き続き豪快な渓相を直登したり巻いたりして進む。このC滝以降の区間は残雪量、水量、はたまた水流の状況に依って登攀ラインは大きく異なるだろう。筆者らが訪れた際には残雪は皆無で概ね快適に谷中を進んだが、一部泳ぎがある箇所を嫌い高巻き、上部ゴルジュ手前の川原に降りた。ゴルジュも和らいでくるとやがて八ツ峰Ⅰ峰が姿を現す。あのゴルジュ後にⅠ峰の雄姿はこれ以上ない遡行終了でずるい演出だ。運が良ければ燃えるような紅葉が迎えてくれるだろう。

 剣沢のような圧倒的自然造形に触れると形成された時間と失われていく時間はどれくらいなのだろうか、そしてその時間に価値はあるのだろうかと考えざるを得ない。剣沢ゴルジュも小川支流荒戸谷左俣もどちらもオンリーワンなのだが、なぜか剣沢の方を大切に感じてしまう。剣沢を核兵器で消失させても一部からはクレームがつくが、世界からの批判はないだろう。しかし、剣沢に生息するヤマアカガエルの腸内細菌からあらゆる癌を消失させる人工合成不可能な化合物が発見されていたら事態は異なるはず。JSバッハのBWV542が脳内で鳴り響き始め、世界が何なのか解らなくなってグラグラしてくる。ババロアの上に置いたジェンガのごとく既存の価値観が揺らぎ、個の輪郭が薄くなる。寂しいような嬉しいような。暖かいような冷たいような。この心身を貫くマーブルな感覚は新しい何かを生み出す原動力になるのではないか。特異奇矯な自然に敢えて意義を与えるのであれば、不安定な感情を人間に与えることで創造精神を涵養することなのかもしれない。グラグラ不安定タイムの最後はINUのメシ喰うな!を脳内絶唱して締めるのがいい。これですっきりである。って、いつものルーティンで創造精神涵養されていない!

<アプローチ>
一般的には扇沢駅から黒部ダムまで行きそこから十字峡まで歩く。秋の盛り、扇沢駅の始発バスは信じられない混雑するので初日入山日は平日にしたい。下の廊下、白竜峡の辺りはザックが大きいと危険なので注意して歩こう。十字峡から雨量計のある黒部別山北尾根に付けられた尾根を歩いて、慰霊碑プレートから標高差にして20~30mくらい登ってから斜面をトラバースして下降するとうまい具合に川原に降りられた。幕営ポイントは剣沢平、焚火テラス、D滝上の大岩下(飛沫が舞う)、最上部ゴルジュ開始手前が上等である。雪渓の残り具合によっても感じが変わるだろうから大体の情報以外は現場判断となる。
事情により扇沢に戻ってバス下山したが、許されるのであれば剱岳を登頂して下降すると一層感慨深いので良いと思う。

<装備>
カム1セット(#2まででOK)、ピトン各種沢山(ナイフブレード多め)、念のためボルトキット、クライミングシューズ、沢靴はラバーソールがバチ効き。幕営装備は二人ならばテントで臨むのも防寒対策として良いかも。荷揚げ用、懸垂下降用にロープは2本欲しい。

<快適登攀可能季節>
9月~10月。寡雪で水量が少ない時が組し易い。好条件と休暇が噛み合うかが最大の核心と言える。

<博物館など>
大町山岳博物館:資料館が素晴らしい。剥製の展示も豊富で躍動感、物語性があり見入ってしまう。

塩の道ちょうじや:庄屋であった平林家を展示。千国街道から運ぶ塩は瀬戸内産だったそうな。北前船で糸魚川まで運ばれ、そこから大町まで運んだとか。にがり甕の知恵に感動。

2024年10月8日火曜日

関川 真川 鍋倉谷

 














 東西南北どこからでも登れる山は思わぬ気づきが得られることが多く面白い。北アルプスや白山は大概南北に山稜が単調に続くため継続は横断系になることが多い。翻って、海谷~妙高にかけての頸城山域は金山を中心として東西南北に稜を伸ばし、その周辺の地形は多様で登山対象となるキャラが大渋滞している。継続遡下降の醍醐味が味わえる山域だろう。
 笹ヶ峰は富山からは何となく行きづらところである。東西北のアクセスが良すぎるがゆえ、わざわざ上越まで行って回り込むことになる所に行くのは気合がいるのだ。裏金山谷といった西側から山越えして取り付きやすい場所ならともかく、下流側の鍋倉谷に取り付くにはこの壁を乗り越えねばならばない。壁は高いのだが、頸城成分の特盛全部載せである鍋倉谷は必ず訪れるべきと喧伝したい。

 秋を楽しむために頑張らないこととしてヒコサの滝は高巻いて入渓。この高巻きで食べごろのキノコをたんまり収穫できた時点で山行は成功である。ヒコサの滝上の第一ゴルジュは水量豊富で迫力があるがヘツリで快適に登ることができる。黒々とした泥岩主体の渓相は海川、能生川及び中谷川にもみられる頸城らしさだ。所々鉱泉が湧出しており、そこに生育する赤色バイオマットもまた頸城らしさである。
 少し川原歩きをするといきなり両岸が立ち始めて物凄いゴルジュになる。第一ゴルジュとは異なる角礫岩のゴルジュで禍々しい。泥岩から角礫岩となっていて、火砕流や火山灰の影響が感じられ始め嬉しい。屈曲滝の造形は奇妙奇天烈で技術的にも結構難しい。ここはカムが意外に有効である。次はチョックストンが詰まった2m滝で、ここはシャワーで突破か乾いたスラブを登る。シャワーの方が安全であったが、濡れるのを嫌いノープロでスラブクライミング。ここはクライミングシューズが有効だろう。ちなみに谷全体を通して川床は物凄くヌメるのでフェルトが歩きやすい。第二ゴルジュ後は渓相は特徴的な砂岩と泥岩の互層を示し大いに盛り上がる。この岩の中には海の潮流が時の積層として残っているのだ。能生川イカズ谷のフィリッシュと違い褶曲は顕著ではないので、禍々しさは削がれて純粋なエンタメ要素しかない。感動に打ち震えているといきなり火山岩溶岩性の渓相に切り替わり、門のような滝が立ちはだかる。その後も溶岩が浸食されたゴルジュが続く。誠におもてなし上手な谷である。猛烈な笹薮をかき分けて辿りつく天狗の庭は終局にふさわしい。紅葉は冴えないものの池塘を囲う霧と光が幽玄の美を醸していた。
 美しい森の中に拓かれた登山道を歩いていると、ふと違和感を覚えた。北西面の森と木々の種類は同じなのだが、樹高が高く風にそよぐ梢の音が遠い。吹き抜けのように開放感がある森は穏やかで優しく心地がいい。これだけ樹高が高いのは内陸であるがゆえ、北西の季節風の風下となるうえ、日本海低気圧の南風からも守られているためだろうか。だとすると富山での立山と黒部川の対比に似ている。キノコをさがしながらのんびり歩く登山道歩きは楽しいものだ。
 
 鍋倉谷をこの山域の手始めに訪れていたらこれほど心動かなかったかもしれない。山登りは本を読むことに似ている。山を駆け、当地の自然が織りなす物語が記される言語を習得することが肝要といえる。決して人間には描けない重厚で謎めいた物語は何度読んでも新たな発見がある。次のページを開くのが待ち遠しい。

<アプローチ>
笹ヶ峰からちょっとだけダート道を走り、杉ノ沢橋まで行き広場に駐車して入渓。ヒコサ滝を巻くのであれば遊歩道を使って藪に入り巻きに入れば落ち口に出られる。幕営箇所は1880mが最高。ここでのんびりするだけで楽しい。下山は色々取れる。最も安易なのは登山道を利用して笹ヶ峰ロッジへ下降する。そのほか、焼山の方に縦走して登山道下山やヌルイ沢を下降するなど色々と取れるだろう。

<装備>
カム少々、ピトン少々、足回りはフェルトでクライミングシューズを持参するのがバランスが良い。

<快適登攀可能季節>
9月~10月。残雪が多いので秋が良い。紅葉とキノコを求めて行くがいいさ。

<博物館など>
妙高高原メッセ:図書館に蟹江健一氏の寄贈図書があり、この資料だけであっという間に時間が過ぎる。頸城フリークならば一度は訪れたい。えっ、蟹江健一を知らない?!